2016年4月13日 (水)

iPhone SE

iPhone SEを買いました。2011年頃の頭からずっとiPhoneを使っていますがこのしばらくはiPhone 6を使っています。その時にも書いていますがそもそも大きなスマホがあまり好きではありません。一年半ちょっと使って結局、馴れはしたけどどうしても気になる、というさなかでiPhone SEが発表されました。発表された時は仕事の関係でどうしても時間が取れず、後になってから発表された内容を読んで「これは!」と思いました。基本的にはiPhone 6sの小型版。僕が二年前に欲しかった物です。値段もお手頃なので数日考えて結局、購入する事に。

問題は今回は今月の半ばから三週間程CERNに出張に行くという事。だったらできればその前に欲しい、との事で結局、予約開始日に注文する事に。予約開始は木曜日の午前二時からなので水曜日の夜は八時半頃に就寝。二時前に目覚ましで起きてそれからパソコンとスマホの両方で二時に予約を入れる準備をします。最終的にはiPhone 6からアップルストアのアプリ経由で購入。ウェブストアでは買えずにアプリでは買える事がある、という記事を寝る前にたまたま読んでいたのですがそれでもちょっとビックリしました。どうも仕組みに若干の違いがある様です。

一月にMacBook Proを買った時はFedExで送られて来たので今回もそうであろう。だったら前回の様にFedExの二十四時間営業の所に配達してもらってそこで回収しよう、と思っていたのですが実際には配達はUPS。UPSだとちょっと不都合です…。結局、一日程散々迷った末に家に置いておく様にしてもらいました。その代わりに配達と同時にメール、SMSの両方で連絡が来る様にして起きました。

実際に到着したのは午後二時半すぎ。その段階で一度家にすぐ戻ってiPhoneを回収してきました。実際に使い始めたのはその日の夕方から。第一印象は「やはりこの大きさがちょうどいい」と「速い!」でした。それからしばらく使ってやはりこの大きさがちょうどだなあ、と思っています。

その反面、これまで使っていたiPhone 6に馴れてしまったのでまた覚えなおさなければならない事が一つ。スリープボタンがiPhone 6では右側にあったのがまた上になったのでそれをふとした瞬間に間違える事もあります。しかしiPhone 6の時でも時々、スリープボタンを上側と間違える事もあったのも事実。そう考えるとまあ変わらないともいえます。どちらにしても一週間ちょっと使ったら馴れてきました。

僕は元々にして大きなスマホに懐疑的だったしあまり気に入っていませんでしたが実際にこうして元の大きさに戻ってみて本当にこのぐらいが一番いい大きさだなあ、と再認識しました。十分に性能はいいし大きさもちょうどいいぐらい。iPhone Plusを使っている人の気がしれない、とさえ思います。

この数年のアップルのあり方はデザイン重視で本当にユーザーの事を考えているのか?と思う点がいくつもあるのですがここに来てその不安を少し拭ってくれる様なそんなiPhone SEだと思います。

2016年3月20日 (日)

停電

ちょっと話は前後してこれは出張の前の週の火曜日の話です。たまたまポスドクのA君がBNLにしばらく来る事になった事に関連した事をS先生と話をしないとなあ、と思ってS先生のオフィスの前でパソコン片手に仕事をしていたら突然、廊下の照明が全部消えました。その場所の照明が全部消えるはずがないはずなのにもかかわらず、です。防犯や安全関係の問題で廊下の照明はいくつかは点きっぱなしで消すことができないはずなのですが…。ブレーカーでも落ちたのか?と思って近所の別の先生に聞いてみたら電気が全くない、との事。

その段階でブレーカーどころではなくどうも停電らしい、と判断をしました。ところがおかしな事に一部では照明がちゃんと機能しています。おかしいなあ、と思いながら実験室の分析計が心配なので実験室に向かいます。実験室もやはり同じ状態で電源が入る物と入らない物が混在している状態。どういう事?と思っていたらその直後に今度は照明がちらつく様になりまた電源が入っている分析計のディスプレイもちらつく様になり始めました。電圧が安定しない状態になっていたのでこれはまずい、とのことで分析計の電源をすべて落として対処。それが終わって今度は分析天秤もおかしいので電源を落としてコンセントを抜いて、さらにもうひとつの実験室にある自動滴定装置も電源を落として、とやっていたら今度は完全に電気供給が停止…。停電してしまいました。

どういう事?と思いながら聞いてみたらどうも建物の停電どころではなくキャンパスの少なくとも半分が停電らしい、との事。一部にはディーゼル発電で電力が供給されるはずの非常電源があるのですがそれらも機能していない状態。それこそがどういう事?という状態。非常電源が機能し始めるまでにそれから数時間。教室も真っ暗なので授業もできない状態。

結局、午後になってから一部の照明が回復した物のコンセントはディーゼル発電機に繋がっている非常電源以外は使えないまま。非常電源に薬品の冷蔵庫と冷凍庫を繋いでまわってようやくすべてが終了したのが五時半すぎ。電気の復旧のめどが立たないまま、キャンパスの数カ所で巨大な移動式の発電機が設置されて始めていました。それを見た時に「これはしばらく停電したままだな」との判断をしました。

その段階で判明したのがキャンパス全体に電力供給していた二本の高圧線の一つがまずショート。それで半分がやられてもう一本に負荷がかかったのでそちらもしばらくしてからショートしてしまったのが原因らしい、と設備の人から教えてもらいました。それではさすがに問題があるので翌朝までの予定で移動式の発電機からキャンパスに電力を仮にでも供給しようと設置されている事を教えてもらいます。

うちの大学にきてこれで随分になりますがなんとこういう事があるのだなあ、と呆れるやら関心するやら…。おかげでその日はとても過酷な一日でした。特に冷蔵庫と冷凍庫は僕が何とかしなかったらどうするつもりだったの?と思うぐらい。中には停電がしばらく続くとわかったらすぐに帰ってしまった人もいるぐらい。自分の実験室の冷蔵庫や冷凍庫の対処もせずに、です…。

結局、電力が戻ったのは夜の十二時ちょっと前。電力が戻り次第、僕のiPhoneに様々な方法で通知が来る様に設定してから帰ったので夜中に一度、たたき起こされました。翌朝に聞いた話ではその段階ではまだキャンパスは電力会社から電力の供給はされていなくてすべての電力は発電機から供給されている、との事。前日の夜に設備の人から聞いた話と同じです。

ところがその日の朝の九時半にまた停電。結局、三、四十分程停電していました。僕は発電機からの供給が電力需要に追いつかないからなのか?と思っていたら発電機の燃料が切れたから発電機が停止したという嘘みたいな話が原因と聞いてこれまた呆れてものも言えませんでした…。いったいどうしたらそんな馬鹿みたいな事があるの、それも発電機の周りでずっとみんな作業をしていて?と思ってしまいました。

さてその段階で電力会社から送電されてはいないのでそのうちに計画停電があって切り替えるのだろうなあ、と思われたので分析計はすべて電源を落としたまま。そもそもの予定では電力が戻るまでは立ち上げない予定でしたが金曜日の午後になってから「春休みの間に学生が質量分析器を研究で使いたいから」との事で頼まれる事に。僕はあまり乗り気ではなかったのですが渋々、そうする事に。土曜日の朝の段階では真空引きもよく全く問題がない状態だったのですが土曜日の午後になってからまた停電…。それも何度も。ほとんど予告無しに大学が電力会社からの電力供給に切り替える事にしたらしいです。もちろん、その段階で質量分析器は停止。仕方がないから「停電で無理」と依頼の来た先生にメールで返信をして諦める事に。その日の夕方にはBNLに行く予定になっていたのでもう手の尽くし様がありませんでした。

その後も結局、何度か停電の影響が春休みの間にあった様で春休みから一週間たった今でもいろいろな問題が見つかっています。まだまだしばらくは停電の影響でやられたものがあるのだろうなあ、と思われます…。電力がないと本当に仕事にならんなあ、と思うそういう一週間でした。ちなみに電力は電力会社から供給はされていますが未だに仮接続になっているとか。いったいいつになったらちゃんと接続されるの?といろいろと考えてしまうこの頃です。

出張(2016年3月 その2)

* 一週間遅れでこの記事は書いています。

今回の出張の最大の理由はポスドクのC君からA君への切り替えの補助と学生の面倒をみる事でした。で、成功したのか?となります。結論から言えば大成功と言えるかと思います。A君に教えられる事をすべて教えてさらに学生のS君も予定していた事をほぼすべて終了。またA君はBNLに駐留しながらもCERNの実験の仕事をするのでそちらの方も同時に教えるという事も土曜日にしてともあれ無事に出張の項目をすべて終了させる事ができました。

もちろん、出張に行ってすべての事が順調に進むわけでもありません。BNLに到着してからその日はすぐに就寝。翌日の日曜日の午後にまずA君をJFK空港まで迎えに行き、その足ですぐにLGA空港に向かって今度は学生のS君とM君を回収します。たまたま到着時間がちょうどいいぐらいずれていたからできた芸当です。それから一路、BNLへ帰還します。

月曜日は朝一番でまずはBNLにやってきたという登録をしてそれから実験場へ向かいます。それから仕事。夕方にボスを駅まで迎えに行ってそれから少し仕事をしてその日は近所で夕食を食べて宿舎へ帰還。火曜日からは毎日、みっちりと仕事です。

出張期間に一番の問題があったのは金曜日の午後の話。昼食後、実験場に戻ってきたら検出器の制御に使われている組み込みコンピューターを再起動させたら再起動できないとの事。しばらく右往左往してからどうもこれは制御系統に問題があるのではなくコンピューターのセキュリティの設定の問題らしい、とそのうちに判明。幸い、STAR実験のコンピューターのエキスパートが手近にいたので事情を説明したら割と簡単に復旧。その後、一時間程してから再び同じ問題が発生して根本的に直さなければならない、との事。その旨を翌日のミーティングで報告する事を約束してその場は何とか解決。それでも一時間以上は実験が停止したので申し訳ない、と思ったのですが後で「もっと何時間も停止すると思っていた」とシフトリーダーから教えてもらってちょっとホッとしました。

土曜日の昼前にその報告などを兼ねて実験場に行っていたら同じ組み込みコンピューターがまた再起動しないとの事…。今回は症状が違うという事で見てみたら前日よりももっと早い段階で再起動できなくなっていました。これは再起動ではなく電源を完全に一度落としてからまた電源を入れる必要があるな、と思ったら電源を落とす事ができません。電源の制御ができなくなっていたのです。電源はすべてフィールドバスで繋がっているのでそのコントローラーを再起動する必要性があるな、と判断をしてコントローラーを再起動。それが終了してからようやく電源を落としてまた立ち上げてようやく復旧しました。こちらはたまに起こる想定内の事だったので無事解決です。

後は夜中に緊急呼び出しもなかったしまあよかったなあ、と思います。僕は制御のエキスパートとして現地にいた事は期間としてはそれほど長くはありませんが何年も関わっているのでだいたいの見当はつきます。だから土曜日の問題は見た時に「ああ、こういう事か」と見当がついたのですぐに解決させる事ができました。こればかりは経験なのでどうしようもない事ではあります…。

その夜は行きつけの日本食レストランへポスドクのA君を連れてお寿司を食べに行ってきました。A君は「ちゃんとしたお寿司を食べるのは初めて」との事。貧乏学生だった時代が長いからそもそも外食をしないので、との事です。

その後でふと思ってオマハまで帰る飛行機の座席を確認する事に。最近は大学の政治的な事情で自分で航空券を買う事ができず、旅行会社を通して買わなければならないのですが「窓際にして下さい」と指定しても何故か通路側になっている事が多いので確認をしておきます。当然、航空券を買ったすぐにチェックをして変更できるならば変更するのですが帰りの便だけは満席で変更ができなくなっていたのです。が、何故か空いている窓際の席があったので空いているうちに変更しておきました。直前だと意外にできる物なのだなあ、と思いました。

最終日の日曜日は午前中に少しだけ実験場に行って仕事をして午後は宿舎付近をぶらぶらとする怠惰な日曜日でした。飛行機がLGA空港から夜の九時なのでBNL出発も四時過ぎで余裕。結局、四時半に出発しました。

LGAまでは途中で渋滞があったりして到着したのは六時過ぎ。まあまあの時間です。セキュリティを通過してからまずは夕食。散々考えた末に結局、少しはいいものを食べたいと思ったので空港のレストランに入りました。最近は若い頃と違って少し良い物を食べられる時に食べよう、と思うようになってきたので時々、そういう事をします。メニューを見たら前菜にエスカルゴに鴨のコンフィがあったのでそちらを注文。安くはなかったですが美味しかったです。

オマハまでの飛行機は満席。満席どころかオーバーブッキングされていて「千ドルで明日の飛行機にする人」の斡旋をしていました。一瞬、僕もやろうかな?と思ったのですが仕事に行かないわけにはいかないので(まあ何とかなるといえばなるのですけど)やめておきました。これが土曜日の夜の便だったらきっとやっていたなあ、とは思いましたけど…。

今回はオマハまでの直通だったので乗り換えもなく楽といえば楽でした。飛行機が小さいので手荷物が入るのか?と思いましたが問題なく頭上の荷物入れに入りました。ある程度は早いもの勝ちですけどね、当然の様に。今回は荷物を減らせるだけ減らしたので預けずに手荷物だけ。そういう意味でも乗り換えがないのは楽といえば楽でした。

さてオマハには定刻に到着しました。今回は飛行機の時間の関係から僕の飛行機の三十分後にシカゴからオマハに到着するはずのボスが家まで送ってくれるはず予定になっていたのですがシカゴで飛行機の乗り換え時間が短いから別の誰かに僕を家まで送ってくれるとかどうとかいう話でした。オマハに到着するまでどうなったのか全くわからない状態でした。到着してみたら無事にシカゴーオマハ便に乗れそうとの事。しかし予定外の事態で手荷物を預ける事になったとの話。

結局、ボスの飛行機は予定通りに到着したのですがその後、預けた荷物が出てくるのに四十分以上待つ事になりそれから車を回収してだったので家に帰ったのは午前一時過ぎ。それから必要最低限の事をしてから寝て通常時間に起きたら結局寝たのはたったの三時間。翌日は眠くて辛い一日でした。その後も結局、寝不足が解消するのに一週間ぐらいかかった様な気がします。それでもともあれ無事にオマハに帰還です。

2016年3月 7日 (月)

出張の日に(2016年3月)

元々は一月ほど前に出張の予定だったのですがその段階で出張に行くとどう考えても潰れてしまうと判断をして結局、延期になった出張の振替の出張が春休みの今週です(がその一方でどっちみち春休みだから出張に行ったのか?という気もします。そうなるとただ単に出張が一つ減るだけなのか?という気もします)。

が、その前に春休み恒例のボーイスカウトのボランティアがまずありました。昨年は諸般の事情でボーイスカウトのボランティアが一週間早く行われたのですが今年は例年通りに春休みの頭の土曜日に開催されました。その関係上、夕方の飛行機なのですが朝から荷物をまとめて職場へ向かいます。ボーイスカウトを終わらせてから空港に行けばまあちょうどいいぐらいになる、と判断をしたからです。朝六時半に大学院生に迎えに来てもらって職場へ向かいます。

僕の役割はこの数年と同じくガイガーカウンターを使って放射線の測定実験です。今年からはガイガーカウンターが新しくなって放射線を検出するとピッと音が鳴るのですが、この音を消す事ができない。その上、実験を行っている時だけでなく電源が入っている間はずっと音が鳴るので実験室に二時間半ぐらいいたらああ、うるさかった、と本当に思いました。

また相手がボーイスカウトの子どもたちなのでちょっと端折って背景放射線を計測せずにいるのですが当然の様にそれにも音が鳴るのでそれもちょっと心配でした。何にも放射線がないはずなのにどうして音が鳴るの?と聞かれるか?と思っていたのですが結局誰にもそういう質問はありませんでした。

ボーイスカウトのボランティアが無事終了してから研究室に朝、放り込んでいた荷物を回収してボスに送って空港まで向かいます。今回はラガーディア空港に到着するのが夜の十一時すぎと遅く、そこから更に運転しなければならないので荷物を軽くして手荷物だけで済ませます。また今回は荷物を預けるのが二つまで無料のサウスウェスト航空ではなく25ドルの料金を取るデルタ航空なので預けないほうが有利という判断もしました。それでもさすがに手荷物程度の荷物だけで一週間はちょっとさすがにちょっときついので少しだけ翌日合流予定の学生たちに持ってきてもらう事に話を最初からつけてあります。

さてオマハからはまずミネアポリスまでこの飛行機はまあまあ混んでいましたが隣は空席。オマハを早く出たにもかかわらず結局、ミネアポリスに到着は定刻。元々、乗り換えの時間が少ないなあ、とは思っていましたが案の定、ゲートからゲートまで走る事に。ゲートに到着した時にはラガーディアまでの飛行機はすでに搭乗し始めていました。いったいいつ夕食が食べられるのか?という気はしましたがまあ何とかするしかありません、こうなると。

ラガーディア空港までの飛行機もまあまあ混んでいましたが満席ではなく、隣はまた空席。そのおかげで割と快適ではありました。ラガーディア空港には定刻よりも若干、早く到着。すぐにレンタカーのシャトルに乗って一路、ロングアイランドを目指します。

さて今回の出張は元々は二月の出張の振替なのですが二月の出張が中止になってから行くはずだった週になって事情がかなり変わってしまいました。元々二月の出張はポスドクのC君がデータ解析の仕事をしないから専門家と仕事をさせるという理由でバークレーに送るという事だったのでそれが一月伸びた事になるはずだったのですがそのC君、なんとBNLの別の部署で今月の半ばから働く事になったのです。何が困るかというと実験が行われている間に現地に誰もいない事になるのです。その事についてはしばらくどうしよう?と揉める事になったのですが結局、うちのグループのCERNのポスドクのA君がしばらくBNLに来る事になってとりあえず解決しました。

そのC君は来週の月曜日(三月十四日)から別の部署に異動するのでちょうど今週、ボス、A君、学生二人に僕の五人がBNLに行ってできる事をできるかぎりする、という計画に変更となりました。CERNの方はどうなるか?なのですがこちらは来月、しばらく僕が行く事でカバーできるだけカバーする事にして(とりあえず)解決です。僕は来月の半ばまで身動きが取れないのですね、本職の化学の方で僕が必要とされているので。

本来ならば学生たちと一緒に行くのが効率がよかったのでしょうが僕の飛行機は一月の終わりに変更されてすでに決まっていたのでこれ以上は動かす事ができません。土曜日の夜に行くのもそうする事によってC君との一週間の間の引き継ぎを日曜日の朝にやってC君は午後にバークレーに行って、の予定だったのですが結局、僕だけちょっと無駄に一日早く行く事になってしまいました。帰るのも金曜日か土曜日がちょうどいいのですがこちらも学生たちが金曜日に帰るのに僕は日曜日の夜に帰る形になります。その間にA君と仕事をしようか、と思っていますけど…。

人数が多い関係上今回は宿舎もBNLのボロい短期の宿舎ではなく長期滞在向けのアパートなので若干、快適です。少なくとも夜中にトイレに行くのに寒い廊下を延々と歩く必要性がないことは確かです。

研究所に到着して宿舎の鍵をもらって部屋にたどり着いたのはもう午前一時近く。結局すぐに寝てしまいました。翌朝、起きてからまずシャワーを浴びてコーヒーを、と思ってキッチンの電気コンロでお湯を沸かし始めたのですが…いつまでたってもコンロが温まりません。仕方がないから電子レンジでお湯を沸かしてとりあえず解決。夕方にハウジングのオフィスが開くのを待って連絡をしなければなりません。

それから朝十時に毎日あるミーティングに顔を出しに行ってコントロール・ルームにも顔を出してきてから宿舎に戻って午後まで待機です。午後には学生と同僚を空港まで回収に行く予定です。

2016年2月 8日 (月)

ようやくのお休み

今週末は久しぶりにお休みを取る事にしました。考えてみると最後に休みを取ったのがいつの事なのかすらわからないそういう状況…。多分、十一月のいつかに休んだのが最後で感謝祭もクリスマスイブもクリスマスも大晦日も元日もずっと休みなしで働いています。それだけ仕事が多かったから、なのですが本来ならば実は今週は出張でロングアイランドに行く予定だったのでまだまだ休みなしの状態が続くところでした。多分、出張に行っていたらその間に溜まった仕事を消化するのにあと一月分の週末がなくなったのではないかなあ?と思われます。

出張を取りやめたのは行く直前の話。どう考えても無理、と判断をしてボスに話をしに行ってから急に決定です。そもそも今回の出張はポスドクのC君の解析の仕事が全く進まないのでバークレーにいる人の所まで送って、との事だったのですがでもよく考えたら変な話です。だって僕は出張に行って何のメリットもない。で、仕事をしないC君をバークレーに送るのでその留守の間をカバーするのに僕が行く…。仕事をしない奴の仕事をカバーするの?何かおかしくない?となったのです。しかも僕は本職の方で手がいっぱいなのに…。

ともあれ出張がなくなってその後、火曜日が大雪の予報だったので火曜日が休校。休校になっても僕は仕事に普通に行きました。実は仕事がなかなか進まなかったり週末に仕事に行く理由の一つは平日の日中って仕事にならないのです、人の邪魔をされて。だから火曜日が大雪で休校になると発表された月曜日の午後には「明日も普通に仕事に行こう」と決めてあったのです。大雪で休校でやってくる人はほとんどいないのでその分を仕事に当てる事にしたのです。そのかいもあって今週末は休んでも大丈夫なぐらいの所まで到達しました。

休みが必要なことは理解していましたが実際に休みになったらどうするのか?結局、本を読みました。読んだのは先日刊行されたあの小保方さんの手記、「あの日」。Kindle経由で購入しました。以前はなかなか日本語の本が買えなかったのですがKindleで買える様になったので時々、日本語の本を買って読む様に最近はなっています。便利な世の中になった物です。僕が大学生の時とくらべても格段に便利だなあ、と本当に思います。

さてその小保方さんの本ですが、恐らく本人はまだ本当にSTAP細胞があると信じて疑っていないのだろうなあ、と思われます。理系の人って意外に単純でそういう話はいくらでもあります。また本人は自分が行った画像の切り貼りがやってはいけない事であったとの自覚が全くなかった様です。画像の使い回しなども含めて恐らく研究者としての自覚がなかった。それだけならまだしもマスコミに注目されてしまってああいう事になってしまったのは可哀想な人だなあ、と思います(こちらについては後日、もっと詳しく書く予定でいます)。しかしまあ駄文だなあ、と思いました(が僕がどこまでちゃんと書けるかわからないのでそれ以上は追求しません)。

後はそれほど何にもしないそんな週末でした。ある程度睡眠もちゃんと取りましたけど…。もう少しちゃんと料理もすればよかったかなあ、と思うそんな日曜日の夜です。

2016年1月17日 (日)

MacBook Pro

五年ぶりに新しいMacBook Proを買いました。まあ五年がだいたいの限度ですね。これまで使っていたよりも前のモデルも確か五年ぐらい使ってようやく新しくした記憶があります。面白いのはこれまで使っていたMacBook Proを買ったのが五年前の二月、ロングアイランドの研究所に出張で行く前日。今回は注文をしたのが研究所に行く直前でしたが実際に受け取ったのは帰ってきた翌日。ある意味、対称になっていますね。

何だか早くに目が覚めてしまったので早朝にFedExまで回収に行って来ました。それからちょっと職場に寄ってスーパーで買い物をして家に帰ってから一時設定です。とりあえず必要な物を古いMacBook Proから動かして必要なアプリを少しずつインストールしていきます。Microsoft Officeも必要ですがこちらは諸般の事情から職場で対処したほうがいいと判断したのでこちらは後日にします。まあ一日、二日程度使えなくてもそう困りません。

今回買ったのは例によって13インチのMacBook Pro。僕は扱うデータの量が多い方なのでその関係上、どうしても16 GBのメモリーと1 TBのディスクが必要、と常々思っていました。実はこれまで使ってきたMacBook Proもその条件を満たしていたのですが電源の具合がよくなくて事実上、バッテリー駆動がかなり厳しいという状態にあった事やさすがに使えない新機能が出てきた事などから「そろそろ購入を考えないとなあ」という状態でしばらくいたのです。最終的には先日、何度か「もうダメだ」と思う様な事があってどうしようか?と思っていたところ、この数週間の間にBroadwellのiMacを使ってきて悪くないな、と思い、更にSkylakeの生産が遅れているらしい、という話を聞いたからです。

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さて実際に使い始めて思うのがまず軽いという事。光学ドライブが内蔵されていないのでその分、薄く軽くなったという事もありますがとにかく軽いと思います。このぐらいなら15インチでもよかったか?という気がしないでもありませんが13インチというサイズが好きなのでこれでいいや、と思います。また動作も軽く速いです。こちらはまあ当たり前といえば当たり前。何しろ、CPUが新しく速いのですから。その上、ディスクもSSDがPCIeに接続されているのでこちらも速くなる要因の一つなのでしょうね。

このモデル、実は昨年の三月からあるモデルで時期的には「近い将来におそらく新しいモデルが出る」のであまり買うのを勧められる時期ではありません。が、僕の場合は「そろそろヤバイ」という状況にまで来てしまっていたので購入をこの時期に決意。要因としてはこれまで使ってきたMacBook Proの問題もありましたがしばらく前によく調べてみたら1 TBのSSDはアップルから直接買ったほうが安いという事に気がついたこともあります。

最近のMacの大問題として基本的にはハードウェアのアップグレードが全くできない事にあります。以前ならばCPUの一番いいモデルを買ってメモリーとハードドライブは後々、交換して大きくしていく、という事ができたのですが今はそれができず「購入時にできるだけいいものを買う」のが正しい買い方になってしまっています。当然、初期費用が大きくなってこれまで手を出さずにいました。まあその当時はお金と時間があったら彼女と使う、という事を考えてもいましたし…。

もちろん、新しいモデルに移行するということは一部で使えなくなる周辺機器がでる恐れがあるという事でもあります。一番先に出てくるのがMagSafeの形が違う事。こちらはアタプターを購入して対処。また家での一番の問題はこれまで使ってきたHenge Dockが使えなくなる事。Henge Dockに関しては随分前に一度書いています。新しいHenge Dockを買うか?とも考えたのですが調べてみると最近は値上がりして120ドルもします。その上、これまで使ってきた経験上、時々、ケーブルのコネクターがずれたりするので使えなくなったりして便利は便利だけど、というのが率直な意見。また最近ではこういう物も売っている事が判明。まあこれもこれで単なる物理的にMacBook Proを縦にしておくスタンドと思ったらこれで50ドルは高いと思うのですが…。その一方でこういう強者も。総額3ドル程度でできるそうです。実はこれも考えたのですが送料に10ドルぐらいかかるのでIKEAが近くにないオマハではちょっと無理な話です。

が、物理学の工作室の人に聞いてみたら「何か作る」との事。それまでは当面、なんとか自分で工面する事にしました。やっぱり家の書斎で使っていると縦置きできる方が便利なのですね。そこで作って頂いたのがこれ。

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大きな塩ビパイプを切って作ってくれました。実は塩ビパイプの話は最初からあったのですが普通に輪切りにして溝を作ればそれでいい、ぐらいに話をしていたのですがまさかこういう切り方をしてBookArcの様な物を作ってくるとは思いませんでした。

しばらく使ってみて一番おもしろいと思ったことの一つがスピーカーがかなり改善されている事。正直、MacBook Proの内蔵スピーカーってあんまり音がいい物ではありませんでしたからね。下側の両脇にあるスリットは空気穴かと思ったらスピーカーの穴なのですね。音がかなり以前よりはよくなっています(がそれでも大した音質ではないか)。

全体的にはこれまで使っていたモデルよりも薄くて軽いので毎日の持ち運びも楽、とにかく速い、と問題無し。時々、キーボードのキーの具合か何かで"I"のキーが少し引っかかる感じもないでもないのですがこれはおそらくそのうちに無くなる物であろう、と思っています(か僕の方が馴れてしまうか)。予定ではまた五年ぐらい使うつもりでいるのですがハードウェアのアップグレードができないこのMacBook Proでどのぐらい持つのか?というのはちょっと不安でもあります…。まあもっとも今となってはもう前進あるのみでこのまま使い続けるしかないのですが…。

2016年1月10日 (日)

出張(2016年1月その2)

出張の続きです。日曜日に到着してその日はそのまま大学院生とポスドクとは解散。夜に僕と元々は一緒に到着する学生を駅まで迎えに行く事になりました。それまで時間があったので夕食を食べに行くとともに簡単に買い物を済ませて宿舎で待機。予定していたよりも早い時間に一つ手前の駅を過ぎたとSMSが届きあわてて駅まで迎えに行く事に。

翌朝、書類手続きをして回ってそれから朝の飛行機でJFK空港まで到着した学生を駅まで迎えに行ってきました。これで学生三人、全員が揃う事に。三人とも研究所は初めて。その関係で加速器関連の放射線安全講習を受けなければならないので講習のある所まで連れて行きようやく一人でゆっくりとできるなあ、座った瞬間に学生の一人からSMSが届き、十五分待っても誰も来ないとの事。あわてて講習のある建物まで戻って対処をする事に。大学院生を連れて講習をする人を探します。しばらく右往左往してようやく何とかなりました。やれやれ。正月明けで忘れていたらしいです…。

僕はその日、それから二つ続けてミーティングがあったので対処。それから学生たちとポートジェファソンまでシーフードを食べに行ってきました。それは僕が学生たちにおごり。

翌朝は朝四時に大学院生とポスドクをそれぞれ駅と空港まで連れて行く予定なので帰ってきたらすぐ就寝。三時半に起きて彼らを駅と空港に送って宿舎に帰還。学生二人を待つことに。実験場でしばらく仕事をしてから学生たちはもう少し事務手続きが残っていたのてそれを済ませて僕はその間にもう一つミーティングがあったのでそちらに行ってきます。その関係でPHENIX実験の見学をする事になったので学生二人を引き連れて行ってきました。

その後、昼食を食べて僕はもう一つミーティングがあったので学生たちに作業の指示をしてミーティングへ。それが終了してからまた学生たちがいる実験場に戻って学生たちと作業です。それでもその段階でミーティングが全て終了。仕事に専念できる様になりました。

水曜日の朝、車タイヤがパンクしていました。前日から空気圧が低い、という警告が出ていたのですがどうやら釘を踏んでパンクした様です。幸か不幸か車を借りたのは研究所にも受付があるレンタカー業者だったのでスペアタイヤに交換して受付まで行って見ます。ところが八時から営業しているはずなのにも関わらず、誰もいません。仕方がないのでそこに書かれている電話番号に電話をかけて問い合わせる事に。九時まで待ってくれ、との事。

Flat

九時にようやく人が受付に来たので話をしたら代わりの車を用意してあるとの事。所がこれが何故かミニバン。小型乗用車を頼んであったのにこれはちょっとないんじゃない?と思ったのですがそれ以外に選択肢はなし。やれやれ。

Minivan
それでもその日に学生たちは一番心配していた作業を無事、終了。予定していた事の九割をその段階で無事終了。その夜は学生たちと研究所の近くの店までピザを食べに行きました。

Pizza

翌日に作業を全て終わらせるつもりだったのですが木曜日は検出器の電磁石のテストのため検出器まで行けず早い時間に断念。木曜日はあまり何もできなかったそういうちょっと無駄な一日でした。

話では金曜日も電磁石のテストがあるとの事だったので金曜日は電磁石テストが始まるよりも早い時間に実験場まで行く事に。金曜日に帰る飛行機なので荷物を全部車に積んで早めの時間に実験場まで向かいます。作業をさっさと終了させてから細々した作業をちょっとして研究所の食堂で昼食を食べてからニューアーク空港まで向かいます。

前回、夏に来た時に研究所からニューアークを運転しているのですが今回は大きな車なのでかなり気をつかって運転しました。結局、二時間ちょっとかけてようやく到着。まあまあの時間で到着しました。レンタカーを返却した時に今回の一件についてはちゃんと苦情を言っておきました。何しろこちらは小回りができて燃費がいいから小型車を頼んでいるのにそれが取り回しにくいミニバンになったのですから。しかもそのミニバン、ガソリンが半分しか入っていませんでしたし…。それでもさすがはプロ、誠意のある対応をしてくれました。

ニューアークから先は学生の一人は数日、実家に帰るのでオマハまではもう一人の学生と僕の二人がオマハ行き。まずはセントルイスまで。ニューアーク空港はいつもの様に大混雑。飛行機も満席。それでもさすがにクリスマス、及び正月休みを過ぎているので旅馴れていない人が少ないのでまだ随分と楽でした。

セントルイスからの飛行機はゲート変更があったもののほぼ問題なく出発。オマハには若干、早く到着しました。程なく友人が迎えに来て無事、家に到着。朝に雪が降ったのでまずは雪かきをする事に。

Snow

その日はそのまますぐ就寝。翌朝、起きたら朝五時。しばらく考えてからそのまま動き始める事にしました。先日、注文した新しいMacBook Proの配達が実は木曜日に早まって仕方がないからFedExの一番近い受け取り所で留めてあったのを回収してくる事に。それと同時に職場にちょっと立ち寄って事務仕事を済ませてから食料の買い物をしに行く事に。なんだかんだと家に帰ったのは一時間半ぐらい後。

それから一度だけちょっと外に出ましたが基本的にはずっと家です。新しいMacBook Proの設定などに時間を費やす事に。今週末の間に済ませたほうが仕事に影響が出ないはず、との判断をしました。ともあれオマハには無事、帰還しました。水曜日から授業なのでその前に幾つか済ませてしまわないといけない事で明日、明後日、明々後日ぐらいは追われそうです。

2016年1月 4日 (月)

出張(2016年1月)

明けましておめでとうございます。新年早々に今年も出張です。今回はロングアイランドの国立研究所まで金曜日までの一週間にも満たない短い出張です。元々はボスも行くとか行かないとかだったのですがまあいつもの様に予定は未定で結局、ボスは行かない事に。実は今回は半分ぐらいは学生の子守りです。

オマハ発の飛行機は朝六時過ぎの離陸時間なので空港までの迎えが来るのは朝五時前。それに合わせ起きたのも午前四時前。さすがに朝に強い僕でもちょっと早いです。それを考えて前日は寝たのが夜の九時過ぎ。そうしないとまともに眠れないな、と思ったからです…。

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オマハの空港はかなりの混んでいました。まあまだクリスマス休暇の方も多いですし、恐らく今日帰るという人がたくさんいたからなのだと思われます。しかしまあ何と旅なれていない人が多い事か。空港のセキュリティチェックの所に来てもまだ何やら右往左往している人がたくさんいました。何と整わん事をしてるの(金沢弁)?と思ってしまいました…。

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オマハからはまずセントルイスまで。最近はセントルイス経由が多いですね。飛行機は当然の様に満席。それでもちゃんと予定時間に出発したのでまずまずです。先日からセントルイスでミシシッピ川が氾濫している、という話でしたがやはりセントルイス近辺ではこの状態。

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こんなに水があるのはちょっと異常のはずです。空港はさすがに大丈夫な様でしたが…。

セントルイスでの乗り換え時間は一時間なかったのですが幸い、ゲートがすぐ隣のゲートだったので乗り遅れる心配は全くありませんでした。次はニューアーク空港までです。

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当然の様にこのフライトも満席でした。

ニューアーク空港には予定よりも若干、早く到着。ここで学生の子と合流のはずだったのですが出発前から音信不通。どうしたの?と思っていて到着したらSMSが届いていました。シカゴで乗り換える飛行機に間に合わなかったとの事。シカゴを五時に出る飛行機に席はあるけどそれより早い飛行機にしてもらうのに空席待ちとの事。待っていてもしかたがないのでそのまま一人でレンタカーを回収してロングアイランドを目指します。

研究所に到着は思ったよりも早かったですがそれでも疲れました。宿舎の鍵を回収してそれから宿舎へ。そこで年末から来ていたうちの大学院生と合流。部屋に荷物を置いてから少し大学院生の子と話をします。そこへここに駐留しているうちのポスドクが合流。しばらく話をして今日、明日の予定を確認します。実は明日の朝にもう一人合流予定なのです。

それから何だかんだと話をしたりして夕方になって僕は一人で簡単な食料を買いに行くと共に夕食を食べに一度、研究所の外へ出る事に。学生が数名今回はいる手前、一人でどこかに行こうと思ったら今日行くのが一番、と判断をしたからです。で、行った先がこちら。

Sushi

ここのお寿司は値段を考えるとアメリカで一番おいしいところの一つではないかなあ、といつも思っています。ロングアイランドに来ると時間があると必ず行くので最近は女将さんに顔を覚えられていますし…。

そうこうしているうちに学生からまたSMSが届き、九時半に最寄りの駅に到着する電車に乗るから、との事。まあその電車だろうな、と予測はしていたので想定内の話です。それまでまだ時間があるのでその間に簡単な食べ物を買いに行って一度宿舎に戻って待機です。九時頃に研究所を出ればいいかな?と思っていたら八時半にSMSが届き、一つ向こうの駅を通過したとの事。慌てて研究所を出て「今行く」と返信をする事に。

それでもまあ夜で道も空いていたのでそれほど遅くもなく駅に到着。まだ夕食を食べていないという事なので近所のファーストフードに入ってそれから研究所へ。宿舎のチェックインを済ませてようやく終了です。まあ明日の朝、もう一人やって来るのですけど…。ともあれ出張の一日はそういう日でした…。

2016年1月 2日 (土)

謹賀新年(2016年)

明けましておめでとうございます。昨年は秋以降はあまり真面目にブログの更新も行っていませんでした。仕事でも個人的にもいろいろとあって時間がとにかく足りない、というそんな一年でした。今年はどうなる事やら。少しは真面目に更新していきたいな、と思っています。

しばらく更新していなかったのでちょっとだけ現状報告から始めましょう。最後の更新は何とメルボルンに出張に行った時の最後の話。それすらもしばらく遅れて更新しています。その後、例によって化学のショーの秋の定期公演を行う事になっていたので練習、リハーサルとほぼ毎日の様に帰るのが遅い生活を二週間程しました。その後、十月あたりから手をつけていなかった事を片付けてようやく感謝祭。しかし今年は感謝祭は諸般の事情でどこにも行かず、一人で家で過ごす事に。どこにも行かないので感謝祭の木曜日の朝は働くというとんでもない事までする事に…。そこしかどうしても予定が入らない事があったのですね…。

そのまま今度は十二月に突入、あっという間に秋学期の授業の最後の週。その金曜日の朝、化学専攻の三年生の学生が亡くなったというニュースが飛び込んで来ました。これもよく知っている子だったので何があったのか?と情報がしばらく混乱していたのですが何と、自殺したらしいと聞いてもっとビックリ。そんな感じの子ではなかったのですが…。これは未だに誰にも納得できない事です…。それからクリスマス。ところが今年はまたまた諸般の事情からクリスマスが十二月三十日に「変更」されてようやく大晦日、今日の元日となりました。

冬休みの間も今年はする事がたくさんあってかなりの時間を環境学のコンピューター教室に導入したiMacを十五台設定する事に費やされる事に。一月の春学期で使われなければならないのですが購入が決定されたのが十一月の半ば。それから「どのモデルを購入するのか?」という事で揉めて決定されたのが感謝祭の直前の火曜日。十五台購入なので個人で買うよりも届けられるまで時間がかかるので実際に大学に届いたのは十二月の半ば。それから大学が閉鎖される十二月二十三日までにIT部門の人たちに初期設定をしてもらい二十四日ぐらいから突貫工事で作業をしてようやく明日ぐらいに全部終わる、という所です。前述した様にクリスマスが「延期」されたのでクリスマスも半日、働く事に。更に元日の今日も半日働きました。当然、週末も同じ理屈で働く事に。

まあまさに盆も正月もクリスマスも無しに働いているわけです。正月の方も元日の今日は半日働いて二日も少なくとも半日程度は働く予定。更に日曜日の三日から金曜日の八日まではロングアイランドの国立研究所まで学生を連れて出張なので自分でも何をしてるのだろう?という気が若干しないでもありません。

毎年の事ですが大晦日の真夜中、日付が一月一日に替わる時に今年も近所のアンポンタンが花火を打ち上げて騒ぎ始めたので結局、それから一時半頃までベッドの中で眠れずに悶々としてるという事になりました。今年は特にちょっと騒がしかった様な気がします。一つだけ「収穫」は一番うるさいと思えたのがどこの家なのか確定ができたという事。後ろの家でした。多分、七月の独立記念日の夜に毎年うるさいのもあの家なのだろうなあ、と思われます。なるほど、真裏の家だからうるさいわけです。本当は真夜中に花火は禁止されているのですが警察も見て見ぬふり。普通に寝起きする分にはいい迷惑です。

今年も昨年の様に正月早々に出張なのですがなぜかあんまり時間的余裕がないなあ、と思って昨年の記録を調べたら昨年も出張に出発したのは日曜日。でもそれって昨年は四日。今年はそれが二日になるのでなるほど、余裕がないはずです。実は今回は冷蔵庫の中身をいかに効率よく減らすか?で結局今年は正月にそれらしい食べ物を食べずに先日のクリスマス・ディナーの残りを加熱して食べるという事にする事に。そうでもしないと食べられなくなってしまうからです。だから今年は餅も数の子も無し。ローストビーフです。

元日の今日、昼過ぎに一つだけ衝動買いをしてしまいました。秋頃からなんだか僕のMacBook Proの具合がよくない。電源がバッテリーの時に入らなかったり落ちたりする、という症状が続いています。しばらく前にバッテリーを交換した時に購入したサードパーティーのバッテリーの配線が悪いのかどうもその辺りが問題の様です。本当はMacBook Proの新しいモデルが出てから、とずっと思っていたのですがどうもそう悠長な事を言っていられなくなったなあ、という感じです。また元々、待ちたかった理由はCPUがSkylakeになる事、なのですが実際の所、Broadwellを使っていてもそれほど悪くはない。先日から設定しているiMacやオフィスで新しくなったiMacもBroadwell CPUでまあ問題はない。では、という事で今のMacBook Proが使えなくなる前に乗り換える事にしました。来週は出張でいないので出張から帰る事をめどに注文してみたらいつかなあ?と思って調べたらストック状態で買うのではないので元日の今日注文しても届くのが十二日から十四日の間との事。結局、二分間考えて購入する事に。後は次のモデルが夏まで出ない事を祈るだけです…。

何だか全然、仕事で余裕のないので最近はもうなんにもしていないなあ、という感じです。まあ実際の所は何かをしていないと落ち着かないから、という側面があるのですがもう少し余裕が会ったらなあ、という気がしてなりません。もうちょっと余裕が今年は出る様にできればしたいなあ、と思っています。さて、そろそろ夕食を温めなおして食べてしまおうか。

2015年11月 8日 (日)

メルボルンで

*この数日、忙しかったので数日(以上)遅れて記事を更新しています。悪しからず。

メルボルンへの飛行機は若干の空席がなかったわけではないらしいすがほぼ満席。飛行機がボーイング787だったので乗客数にも制限があります(787は747よりも小さいですからね)。さて搭乗案内が始まったので列について待っていてふと隣に立っている人をみたらその人もポスターの筒を持っています。もしかして?と思って訊いてみたらやはり僕と同じ学会に出席する方でスタンフォードからだそうです。まあアメリカからメルボルンに行く飛行機は数が限られているので当たり前と言えば当たり前。またこれは僕も共通している事なのですがエネルギー省から補助金をもらっていると基本的にはアメリカの航空会社で飛ばなければなりません。そうなると選択肢はもっと少なくなるので誰かと鉢合わせても全く不思議ではありません。

そう思いながら搭乗したら先ほどのスタンフォードの方、ポスターの筒を入れる場所が頭上のコンパートメントにないのでどうしようか?と考えあぐねていました。自分の席の真上のコンパートメントが小さくて入らないのですね。僕がその少し後ろの席だったので僕のポスターの筒と共に保管する事にしました。どうせ一本入るならもう一本入っていても同じだ、という考えです。面白い事にそれから待つ事数分後、僕の隣の席の人もポスターの筒を持っていて全部で三本保管する事に。この方もスタンフォードの方だそうです。

メルボルンへの飛行機はほぼ全部が真っ暗の中を飛んでいたので面白くも何ともありません。更に十五時間程度の飛行時間なので長かった事。以前、成田からコペンハーゲンまで飛んだ時も長いと思いましたがこれはそれよりもまだ一、二時間程長いので本当に長かったです。まあおそらくこれより長い飛行時間になる事はもう二度とないのだろうな、とは思いますが…。

メルボルンに到着したのは朝八時前の話。それから入国審査を済ませて市内に行くバスのチケットを購入。同じ所でプリペイドSIMが売っていたのでそれも購入する事に。こういう事の為にSIMフリーの携帯を買っているのですから当たり前の話。アクティベートしてもらってからしばらくしたらSMSが届くからその段階で使えるはず、の話でしたが待てどくらせどSMSが届きません(がこの話は後述)。

メルボルンに到着して最初の印象は「生えている植物がちょっと違う」という事。まあこれまで行った事のあるどことも進化学的にかけ離れた土地なので当たり前と言えば当たり前の話。植物学者と付き合っていたからそういう事を以前よりも考える様になっている様です、今の僕は。次に実際に街中を歩いて思ったのはかなりヨーロッパぽいという事。ちょっとロンドンに似た所が何となくそこここに見られて面白いな、と思いました。

それから市内のサザンクロス駅までバスで行き、そこから先はトラムに乗って宿まで向かいます。が、案の定、途中で二度程迷って十分程で到着するはずが結局、一時間近くかかってしまい宿に到着したのは十一時過ぎ。もちろん、本来のチェックイン時間は午後二時以降なのでそれでもまだ早いのですが…。予想していた通り、元々、僕の部屋になるはずだった部屋は準備ができていないとの事。それでも別の部屋があったのでそちらに入れてもらう事になりました。オマハの家を出てから三十六時間が経過しているので汗もかいたので臭かっただろうなあ、と思います。部屋に入ってからすぐにまずはシャワーを浴びてちょっと文明人に近くなりました。

さてようやくシャワーを浴びてすっきりしてから今度は残った半日を何とか起きていなければならないという若干、過酷な事実。その段階でプリペイドSIMがまだ使えないのでとりあえずボーダフォンの店に行って文句を言ってみる事に決定。更に学会の会場の下見にも行く事にしました。市内に行くトラムを待っている間にボーダフォンからSMSが(四時間後になって)ようやく届きましたがそれでも使えません。したがってやっぱりボーダフォンの店で文句を言う事に。イギリスでもそういう事があって結局、自己解決したなあ、と思いましたがオーストラリアのボーダフォンの人は簡単に問題を解決してくれました。

スマホが使える様になってスマホで地図が使えるのでそれから学会の会場を確認に行って来ました。それと同時にメルボルンのトラムの時間票のアプリもダウンロード。しばらく使ってみてアプリはそれなりに便利ですが現在地から目的地を指定してどのトラムに乗ればいいのかという検索ができなかったりちょっと不完全だなあ、という印象は受けました。

その日は結局、ダウンタウン方面で時間を潰して見かけた水族館にも入って来ました。じっとしていると眠ってしまいそうだったからです。水族館の中にはなぜかトカゲやヘビなどの爬虫類がいたりしてちょっと変だなあ、という印象は受けましたが…。

翌日は朝からワークショップ。初日のワークショップから若干ながらも面白い情報を見たりしてLIGOの方と少し話をしたりもしました。また当然の様にこういう国際学会に来ると日本人の方たちもいるので三月にCERNに行った時以来、日本語で誰かと話をしました。その日の夜は学会開催のレセプションがそのまま会場であったので夕食は基本的にそこで出た食べ物だけで何とかする事に。オーストラリアは全般に物価が高いのでこれも節約の一部です。

月曜日から通常に学会となったのですが今回はなぜか学会のディナーが火曜日とエラい早い日程で組まれていたでちょっと違和感がありました。普通は水曜日とか木曜日とかなのですが…。学会自体も朝会場で朝食とコーヒーが無し。これもちょっと不思議。その上でポスター発表が月曜日と水曜日の遅い時間に一時間だけというのもちょっと不思議でした。通常は一時間半ぐらいあってその時のポスターの半数が前半、残りが後半、と決められていて見て回る事ができる様になっているのですが…。ポスターその物も月曜日も木曜日のポスターも先に場所が確保してあるので一週間の間ずっと貼り付けておく様に言われたのもちょっと珍しいです。普通は月曜日のポスターが剥がされて水曜日のポスターになる、となるのですが…。

さて僕のポスターは水曜日。十人程度人がやって来てそのうちの三分の二が知り合いで三人程度、僕のやった事に興味があってやって来ればまあまあだろう、と思っていたら何と、五人程度の人がやって来たのでまあ成功です。中でもフランスの施設のお兄ちゃんには根掘り葉掘り訊かれました。地味ながらも需要はある事なのだろうな、と思っていたらやはりその様です。

また今回は会場のネット回線が遅い事。その上、電源がほぼ存在していないのでそれもまた困りました。日曜日と月曜日はパソコンを持って行ったのですが火曜日からは身軽にする為にiPadだけにしました。一日、まともに使おうと思ったらパソコンは電源がないとかなり心もとないですがiPadだと余裕ですから。もっともそうなるといろいろな制約が出てきてできない作業も出てくるのですがそれはそれで承知の上でやれば…。実はネット回線はホテルでもあまりよくなかったです。僕の所は一日あたり100 MBまでが無料。それ以上は有料。結局、スマホでアクセスする回数がものすごく多かったです。土曜日に買ったプリペイドのSIMカードが想像以上に役に立ちました。他の方の話を聞くにはオーストラリアはホテルで無線LANが有料というのはよくある話らしいです。それもちょっと意外と言えば意外だったかな。

学会も午後、昼食後すぐのセッションは毎日、僕にはそれほど関係のない話ばかりだったので午後は少しサボってどこかに行く、という事をほぼ毎日の様にやりました。全部話を聞いている真面目な人も中にはいる様ですがそれをやると疲れてどうしようもないのである程度はセーブしておかないと、という理屈です。

その理屈で木曜日はずっと最初からサボるつもりだったのですが諸般の事情から朝のキーノートの話の次の話だけは聞きに来る事に。それからフケようと思っていたら昼食前に集団写真を撮るとの事なので集団写真を撮って昼食を食べてからフケる事に決定。どうしようかとは思いましたが結局、ホテルの近所にあるメルボルン同粒園に行く事にしました。動物園はいいよ、と聞いていたからです。

しばらく前にオマハの動物園にも行っているのでそういう意味では比較できたのは面白いな、と思いました。実はここに来るまでコアラもカンガルーも見かけていませんでしたし…。せっかくオーストラリアまで来たのだからコアラとカンガルーぐらいは見ておかないと、と思いました。

Koala
Kangaroo
Emu

金曜日は午前中でおしまい。それからAustralian Synchrotronの見学ツアーに行って来ました。そこは要するに平たく言えば電子を加速する時に発生するX線などの光を使って物質の組成を調べる事のできる施設です。日本のSpring-8などと似たような施設ですね。こういう所は普通に観光で来ても絶対に行く所でもありませんしそもそも見学が普通はできない場合が多いのでできる限り行く機会があったら行く様にしています。実は化学者としてはこういう所で働く方が化学の知識も使えてかつ制御もできるのである意味、役に立つのではないか?と時々思うのですが…。

見学の後、僕も含めたバス一台分ぐらいの人たちはフィリップ島のコガタペンギンの観察ツアーに行ってきました。コガタペンギンはメルボルンの南にあるフィリップ島辺りにも生息していて夜明けと共に猟に行き、日没と共に上陸して巣に帰って行くのが見られるのです。これはやった方がいいよ、と二人程、オーストラリアに行った事がある人たちから言われたので行く事にした事の一つです。前日に動物園で見かけているのですが30センチ程度の小さなペンギンたちがよちよちと歩いて巣に戻って行く姿、またそうやって帰って来る親鳥たちを巣の近くで待つ雛鳥たちの姿とまあ愛らしかったです。なるほど、と思いました。

Penguins

こちらは動物園で見かけたペンギンです。コガタペンギンのツアーは原則撮影禁止。フラッシュを使う人があまりにも多いので禁止になったそうです(まあそれでも撮影していた人がいたのですが)。

土曜日は丸々一日、観光しました。元々、そのつもりで予定を組んでいたのですが予定を組んでからちょっと精神的に不安定だった時期が続いたのでオーストラリアに来る直前まで何も下調べも特になくちょっとぶっつけ本番的な観光でした(がロンドンでもそれをしたという話もある)。まずはビクトリア・マーケットで朝食。それからたまたまメルボルンでやっていたデビッド・ボウイの展示会を見てきて

Bowie

それから植物園へ。

Botanical_garden

それから移民博物館を見てからメルボルン博物館へ。

Museum

メルボルン博物館は金曜日の夜にペンギンツアーで一緒になったESA(欧州宇宙機関)の方からよかったよ、と教えて貰ったので行ってきました。まあでも一日しかないとせいぜいそのぐらいを見るのが限度。ヨーロッパの人たちなどはやってきたついでに一、二週間程度の休みを前後にひっつけていたりしているのですが僕には無理な話。学会のついでの観光なので相変わらず駆け足の観光でしたがそれでも楽しんできました。

夕食はさんざん考えて結局、学会の会場だった会議場のそばにある「赤提灯」という名前の居酒屋へ行く事に。美味しかったですがあんまり愛想のいい店ではありませんでした…。それでももしメルボルンに次来る事があったら(あるとは到底思えませんが)行って悪くない店だなあ、とは思いましたけど。

しかし短い時間の中であちこち見た方なのかな、とは思います。学会の方でもいくつか有益な情報が手に入りましたしまあ成功ではなかったかな、と思います。

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