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2013年4月28日 (日)

日本人と働く

本当はもう少し早くこの話を書き終えたかったのですがやはりいろいろと忙しくCERNの最終日の今日の朝まで書けませんでした。まあでもまだCERNにいるうちに書いているからまだいいかな…。

今回は機会があって日本人の学生たち二人とCERNで働く事になりました。事の発端は先週末になってから舞い込んで来たメール。先週やって来た筑波大学の学生の子たちが僕がかかわっている検出器の事実上、一番偉いTさんにメールを送ってきた事に始まります。その返信にTさんが「来週の火曜日まで休暇でCERNは留守にしているけど制御の仕方を教えておいて」と来たのです。まあ土曜日に来たメールだったので同僚のBさんはいつ読むかわからないなぁ、と思ったので返信をとりあえず僕がしておく事にしました。

それと同時に、筑波の学生二人にもメールを日本語で書いて月曜日に、という段取りをつけて起きました。相手は日本人の学生なので僕が「担当」になるだろうなぁ、と思いながらも日曜日にその話をBさんとしたらやはりそう。まあ学生の面倒を見るのも普通に普段からしている仕事ですからできない事ではありません。

その月曜日の朝、八時半頃に僕のオフィスに集合、としてありました。まあ相手は日本人だから多分、時間ちょうどか少し早く来るだろうな、と思ったらやはりその通りで八時半より少し前にオフィスにやって来ました。それから彼らと実験場まで行きます。まずは制御システム(元々は僕が開発した物を発展させたものです)の使い方を教える事から始めます。これでも一応、教えるという立場が仕事の一部なのでまあ馴れた事といえば馴れた事ですね。

火曜日も同じ具合でトレーニングをして色々な事を覚えていってもらっています。火曜日の午後にはようやく検出器にある地下まで降りる許可が彼らに降りたので早速、仕事をしてもらいに地下まで降りてもらいました。しばらく前に冷却水の温度を調べる為に温度センサーを四つインストールしたのですが一つしか読み取れないのです。そこで何がおかしいのかを調べに行き、可能ならば直す、という事をしに行きました。結局、その温度センサーは木曜日の午後になって四つとも全部を読み取る事ができました。

Students1
こちらが実際に学生達が温度センサーの読み取りの修理をしている所ですね。彼らが働いているのがこのようなデータを読み込みのエレクトロニクス。

Alice

実はここにたどり着くにはまずエレベーターに乗って地下175メートル程度まで下がってその上で検出器の中に入り込んでこの様なせまい所を通過してからようやくたどり着く事ができます。

Students2
当然、誰でもがアクセスできるわけではなくまずそれなりの数のトレーニングを受けてそれから放射線累積線量計をもらって許可を受けて初めてアクセスができる様になります。

Dosimeter
この放射線累積線量計、基本的には誰にでもくれるわけではないのですが僕は短い間しかいないとわかっているので今回は短期滞在用の物を借りて来ました。以前は僕専用の物を一つもっていたのですけど…。今度来るときはこれが必要かもしれません。

筑波の学生達は以前にCERNに来たときは放射線累積線量計がないので今回が検出器を見るのが初めてだそうです。本人達曰く、「実験に参加した時から見たかった」との事。最初はやはり大きさにビックリしていました。

さて、そういう地下の仕事の合間に地上では制御システムの使い方を覚えてデータの取り方も覚えて、データが取れない時にはどうやったら読める様になるかという事を覚えて、最終的には収集しているデータがおかしくないかを確認できる様に、と色々な事を実際にやってもらう事になりました。この一週間で二人ともオンコールのシフトができる程度になってもらいました。二人とも六月の頭までCERNにいるとの事で、僕が今週以降CERNからいなくてもいろいろと何でもできる程度まで覚えていて欲しい、と思ったからです。

それと同時進行で僕たち三人は検出器からのデータを読み取る新しいエレクトロニクスの使い方も覚えました。この秋にインストールされるモジュールはこの新しいシステムを使う予定ですからそれまでに使い方を理解しておく必要性がある、と思ったからです。またこれまで使っていたモジュールも新しいシステムに変更されるとの事(こちらはこれから一ヶ月以内に移行予定)。筑波の学生の一人は少し使った事があるとの事でその経験もたいへん役にたちました。

筑波の学生たちの他にもCERNに2010年頃から駐留しているの日本人のS君がいます。彼とはFacebookで友人になっているのでまあふだんから頻繁に連絡はあるので元々、CERNについたらどこかに遊びに行こう、という話はしてありました。そこでCERNに到着してしばらくしてからまず何をしているかな?と思って連絡を取ったらすぐにその日の夕方にオフィスまで来てくれてそれからしばらく話をして夕食へ、という事になりました。その上で今週も僕がわがままを言ってジュネーブの街中までお寿司を食べに行ったり、といろいろと付き合ってくれました。S君は年齢が学生達よりも近い上にやはり海外生活が長い、という意味からも共通点が多く面白いな、と思います。

日本で少しだけ働いていた時を除けば実は2009年にCERNにいた時に初めて日本人の人たちと働きました。まずは同じ実験の別の検出器の仕事をしていた広島大学の人たちと知り合い(最初は僕が日本人だと向こうは思っていなかったらしいです)、それから数名の筑波大学の人たちとも知り合い、とさすがに国際実験なので日本人の数も多い、と感心をしました。理論的にはロングアイランドの研究所の実験も国際実験なので日本人に会ってもいいのですが所が僕が参加している実験には日本のグループが存在せず(もう一つの別の実験に日本のグループは参加しています)その為にロングアイランドで日本人と働くという事がこれまでほぼなかったのです。唯一の例外はS君にずいぶん昔に実験場で会ってはいるのですが(当時S君は大学院生として僕と同じ実験に来ていたらしいです)、僕の方でも「まあ二度と会わないだろう」ぐらいにしか思っていませんでしたし、S君の方は僕を日本人と認識できなかった様で英語で二言ぐらい話をした程度。S君と先日その話をしたら記憶がない、とは言っていました(が、まず間違いないだろう、と二人で納得)。

そのS君も夏からは今度はイタリアのローマ近郊のフラスカティの研究所に移籍だそうですからCERNに来ていつでもいる、という事はなくなる様です(これまではバークレー研究所所属でCERNに駐留)。少なくともまずはフラスカティを少なくとも一年はベースにするとか(CERN駐留にもしていいらしい)。そういう意味では少し寂しくなるか?という気もしますが友人としてこれからますますの発展を期待したいと思います。

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