« 停電 | トップページ | 公衆電話 »

2013年5月29日 (水)

幼なじみとちょっと複雑な気持ち

先日、職場で友人と話をしていたら友人の高校の同窓会の話になりました。この友人、今年で高校を卒業してから25年になるので今年の夏、二十五周年の同窓会があるそうです。考えてみると僕も高校の時に一年間留学して高校で四年間在籍していたのでそれがなければ今年で二十五周年になるはずです(当然の様にこの友人とは年が同じなのです)。しかし、僕は果たして高校の同窓会に出れたとしても行くだろうか?という事を考えてしまいました。

実は僕は日本で学生だったとき、日本の学校が嫌で嫌でなりませんでした。なにが嫌だったか?まあいろいろと理由はありますが一番嫌だったのが日本の学校の没個性的なところが嫌でした。僕は子供の頃から少し変わった子供だったのでそれが元でいろいろと嫌な目にも会いましたし、中学生の頃にはいじめられっ子だった事もあります(それもペンチと釘で体を傷つけられるぐらいの目に遭いました)。中学というかなり大きくなってもその状態だったので僕は基本的には高校に行く頃には学校という物に完全に失望していました。だからあまり友達を作ろうとは思いませんでした。

そういう話を友人としていて話に出たのがFacebookの友人の事。僕はFacebookも最近では向こうから申請がない限りは特にこちらから申請を送る事はしません。で、よくよく考えてみたら僕の事を大学生になる前から知っているのはほんの三人。でもそのうちの一人は兄なのでまあ当たり前。他の二人はまあ幼なじみ。なぜ「まあ幼なじみ」と言う表現をするかと言うと、実は厳密には兄の幼なじみ。まあ僕と兄は学年にして二年しか違わないので知ってはいます。その二人の幼なじみのうちの一人には妹さんがいてこちらの妹さんのNちゃんと僕は同じ学年だったのでこれまた幼なじみ。でもこちらのNちゃんの方は僕のFacebookの友人ではないなぁ、という話を職場でしていました。

実は僕にしてみればある意味、こうして小さい頃の僕を知る人が身近にいないのはある意味で楽でもあります。何しろ、子供の頃はどうだった、という話が漏れる場所がないのですから。多分、どこかで忘れてしまいたい過去だ、という意識があるのだろうな、という気もします。おそらくその反動で若い頃にアメリカに行く事を決意したのだと思うのですね。

高校一年生の夏休み前、学校の球技大会でこういう事がありました。その頃は全く知りませんでしたが僕は左目が斜視なので遠近感がありません。その為に子供の頃から球技はほぼ全くできません。唯一ある程度まともにできるのはサッカー程度。これは僕のレベルではサッカーボールはほぼ間違いなく地面の上にあるので自分からボールまでの地面の距離を見てボールがどこにあるかを把握できるからです。サッカーでも上からボールが飛んで来るともうそれで対処はできなくなります(ヘディングなどはもってのほか)。その球技の中でも最悪の物の一つが野球、およびソフトボール。バットでボールを打つ事がほぼ不可能な上にボールも取る事ができません。自分の左目が斜視だという自覚が全くなかったので自分の運動神経が鈍いのだろう、と信じて疑っていませんでした(まあ実際に鈍いのだろうな、とも思いますがそれはまた別問題)。

で、その夏、球技大会で僕がバッターで小中高と同じ学校だったK君が相手チームのキャッチャー。このK君に僕はこれまたよくいじめられました。そのK君に何かをその時言われて僕はものすごく頭に来たのです。で、一瞬頭をよぎったのがこのまま手に持っているバットを思いっきりこいつの頭に降り下げてやったらどんなにいいだろうか?という事。それも一度や二度ではなく、動かなくなるまでなぐってやりたい、と本気で思ったのです。何を言われたのかは今となっては全く覚えていませんが、その時、僕は本当にそうしてやりたくてなりませんでした。それどころか、僕はバットを持ち上げもしました。殴る気でいたのです、最初は。

唯一思いとどまったのは「果たしてこんな奴に一生を棒に振ってもいいのか?」という事。それももう数週間で僕はアメリカに一年間留学する事が決定していたのでもうしばらく我慢すれば二度とこいつの相手をしなくてもいい、と思ったからです。数週間後にアメリカに行く事になっていなかったらもしかしたらバットで殴っていたかも知れません。そう考えると恐ろしい事ですね…。そこまで考えてようやくこれではまずい、と思ってバットを両手で持って振りかぶるふりをしてその場は収めました。その間はものの二秒程度。

その後、結局僕はそのK君と話をした記憶が全くありません。もしかしたら一度ぐらい話をしたのかもしれませんが一学年に四百五十人からいる高校で別の学年となるとまあわざわざ会いに行かない限りはなかなか会う機会は普通はありませんし、僕は会いに行く理由も全くありませんでした。別の学年になってしまったのが避ける事ができた理由の一つなのだろうな、と思われます。

もちろん、それからもう三十年近い時間が過ぎているので多分、向こうはそんな事を全く覚えていないでしょう。また僕がいじめられっ子だった事も向こうは果たして覚えているかどうか、今となっては疑わしいものです。いじめっ子の多くはその事を覚えていない、という話も聞きますから…。

どうしてこういう事を書くのか、と言えば実は週末に驚くべき事があったのです(我ながらエラい長い前置きだな)。職場の友人とそのFacebookの友人の話をしていた次の日、たまたまふとFacebookのメッセージの受信箱をよく見たら「その他」のメッセージがある様です。え?まさか?と思って確認をしたらなんと、Nちゃんからメッセージが来ているのです。いったいどのぐらい前からあるの?と思ってよく見たらなんと、今年の二月の半ばからずっと保留…。全く気がつきませんでした。これはまずい、と思ってすぐに返信を書きました。まあ今のところはまだ返事待ちなのですができれば来月金沢に帰った時に会いたいな、と思っています。

正直なところ、本当にうれしかった。僕はNちゃんと最後に話をしたのはいつの事かなぁ?と考えてしまいました。僕がNちゃんに会ったのは幼稚園の頃。子供の頃に彼女の家で遊んだのはよく覚えています。家も近かったという事もあります。近所のキャベツ畑にNちゃんとNちゃんのお母さんに連れられてモンシロチョウの幼虫を取りに行った事を今でもよく覚えています。諸般の事情で小学校の低学年は僕はNちゃんと違う学校に通っていてそれから三年生以降は同じ学校。でもその間が開いてしまってまたその頃からだんだんといじめられっ子に僕がなって行き、結局何となくNちゃんとの間の距離が開いてしまいました。あまり意識して考える事はありませんでしたが何となくそれはそれで物足りなく思っていたのも事実。だからNちゃんからのメッセージは実はものすごくうれしかったのです。

もう一つ暴露してしましょう。実は幼稚園の頃、僕はNちゃんに恋をしていました。もちろん、これは幼稚園児の恋ですからもうこれは単純に「好き」と思うだけの単純なもの。それが本当に恋なのかどうか僕にはわかりません。でもそういう思い出があるのでNちゃんの事を僕が忘れるわけはありません。だから「覚えていますか?」などと書かなくても大丈夫。ちゃんと覚えています。だって初恋の相手ですから忘れるわけがありません。

今になって考えると中学とか高校、特に高校の時にはまだそれでもNちゃんと話をする機会がなかったわけではないのでしょうが、何となく恥ずかしくて話ができなかったし、また僕が下の学年になってしまったしその上で僕が心を閉ざしてしまっていたので話をする事もありませんでした。正直なところ、最後にNちゃんと話をしたのっていつなんだろうなぁ?と考えなければならないぐらいです。もしかしたら小さい頃からほとんど話をしていないのかもしれません…。最後にNちゃんを見たのはまず間違いなく高校生の頃。もしかしたら高校一年生の頃以来になるのかもしれません。

で、職場の友人に今日その話をしたら、「その子に友達申請したらどう?」と聞かれました。それも手なのですが、実はその前に彼女のFacebookの友人に誰がいるのかを覗いてみて少し躊躇したのです。実はNちゃんのFacebookの友人に先ほどのK君がいるのですね。まあ今更だからどうだ、と言えばそれまでですし関係がないと言えばないのですが…。またNちゃんに友達の申請を行う事によって芋づる式にあえて関係を持ちたくない人たちからの申請が来るのも嫌ですし…。ちょっと複雑な気分の今日この頃です…。

« 停電 | トップページ | 公衆電話 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1537785/51821318

この記事へのトラックバック一覧です: 幼なじみとちょっと複雑な気持ち:

« 停電 | トップページ | 公衆電話 »