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2013年5月 7日 (火)

オマハへ帰還

三週間に渡った出張もこれで最後になります。よく知っているCERNおよびジュネーブに二週間、イギリスに一週間と毎日基本的には忙しい毎日でしたが正直、自分の家でゆっくりしたい、というのも本音ではあります。

今朝はまたまた五時半に自動的に起床。それからシャワーを浴びて荷造りをし直してホテルを出たのが七時半前ぐらい。日曜日のまあ早朝なので電車も混んでいないだろう、と思っていたら大間違いでまず乗る事になったジュビリー線はエラく人がいっぱい乗っていて結局、座れないままで乗り換えをする事に。途中でピカデリー線に乗り換えてヒースロー空港まで向かいます。ヒースローまでの電車も結構、混んでいたのですがそのうちに人が降りて座る場所を確保。それから二駅ほど乗っていたら隣の空席に日本人らしき夫婦が座ります(実は最初はそうなのかわかりませんでした)。そのうちに日本語で話をしているので日本人である事が判明。どこで降りればいいのか?という話をしているので「この電車ではターミナル4へは行けませんよ」と教えてあげる。

それからしばらく時間があったので電車の中で話をします。ゴールデンウィークで八日ほどロンドンに来ていたそうです。朝、ホテルを出る前に調べた限りでは僕の飛行機はターミナル1なので僕はそのまま電車に乗り、途中でその夫婦はターミナル4への電車に乗り換えてお別れをしました。

それからターミナル1に到達してユナイテッド航空のカウンターへ行くと「ヒューストン行きの飛行機はターミナル4です」との事。Googleではターミナル1になっていたので騙された気分…。ではどうやってターミナル4へここから行くのか?を調べてようやく到達。なるほど、イギリス人がヒースロー空港を嫌がるのがなんだかわかったような気がします。そもそも、ユナイテッドからの確認のメールにもユナイテッドのウェブサイトでもターミナルがはっきりと書かれていない…。おかしくないか?と首をかしげながらもようやく発券をして荷物も預けて軽くなります。

結局、全部が終了したのは九時半前。飛行機の出発時刻が11時40分だから時間は十分にある事になります。まだ朝のうちなのでとりあえず朝食を食べる事にします。今度いつイギリスに来るかわかった物ではないのでポンドの小銭を使ってしまおう、という事もあります。しかし、イギリスの硬貨には最後の最後までどれがどれかわからずレジで右往左往しました。もうしばらくいないと覚えられた物ではありませんし、しかもイギリスの硬貨ってはっきりとどれがどの価値なのか書いてない(書いてあっても小さいのでぱっと見てわからないのです)。もう少しデザインを何とかしてくれないか?とかユーロに移行してくれないか?とか思うのですが無理なのでしょうね、きっと。

最終的にターミナル4だったので先ほど空港までの電車で一緒になった日本人の夫婦がいないかな?と探してみても見当たりませんでした。まあ空港では人が多いので仕方がないと言えば仕方がない事ですが…。到着したのが若干早かったのでしばらくはゲートも決まっていなかったのでしばらくターミナルの中をぶらついてみる事にします。しかしまあこの空港、ゲートの数が本当に足りているのか?と少し不思議に思ってしまいます。

鞄の中にスペースがあまりないのでお土産は完全にパスする事に決定。そもそも、アメリカではお土産という事を普通はしませんし、日本にはいつになるのか全く見当もつかないのでお土産は結局何も買わない事にしました。きっといつか縁があってまた来れるだろう、と思っています。まして場合によってはオックスフォードの核融合の実験の人たちとも仕事をする事になりえないでもありませんし(実は今朝もそういう内容のメールが来ていました)。

11時40分の飛行機の搭乗が11時になってからですから飛行機の搭乗は思ったよりも遅い時間に始まりました。その上にグループ搭乗の手際がエラく悪くて少しビックリしました。いったいいつどのグループが搭乗しているのを把握ができないような事をしていたのです。もう一つ驚いたのが最終的に搭乗するまでに四回もパスポートのチェックをされた、という事。僕は常々、九十年代の半ばぐらいまでの日本の出国検査がすごいな、と思っていたのですがイギリスの出国検査は未だにその頃並みという事でしょうか?これと比べるとアメリカなんて出国などほとんど気にしていない感がします(これも初めての時には日本の真逆で驚いたけど)。

飛行機はまあそれなりに混んでいる、という状態。所々に空席が見られて満席ではないがガラガラでもないという状態の様でした。残念ながら僕の隣は人がいましたけど。きれいな英語を話すインドの方で、ラップトップで何やらプログラミングをずっとしていました。機内で多少の仕事をしていたのでどうもどこかの会社の研究者か何かのようだという事がわかりました。そのうちに少し話をしたらどうやらイギリスで遺伝子の研究をしている会社に勤めているとかいう事です。話をしていて面白いな、と思ったのがこの人の奥さん、なんと以前オックスフォードのISISという火曜日に僕が見学に行った中性子線の施設で研究をしていたとの事。話をしていて「オックスフォードの郊外の村にある研究所で中性子線の研究をしていた」と聞いて、「ああ、ISISの事ですね。先週、そこにいました」と言ったらビックリしていました。

飛行機の中では珍しく今回はそれなりに眠れました。それでもまあ機内食も飲み物も逃さずなんとかなりました。やはり食べておかないと体力が続きませんからね。でも今回の搭乗員はあまり手際がよくない様で、食べ終わってからトレーの回収にエラい時間がかかり、その上で僕のトレーをなぜか回収しなかったので起き上がって後ろまで持っていくという無駄な事をするハメにもなりました(回収に来た時に僕は眠っていたのですが、それにしてもおかしい)。

ヒューストンには予定通りに到着。しかし、イギリスにいた時のVodafoneのSIMの影響でアメリカに帰還しても電話をかけられてもネットにはつながらない状態の為、ヒューストンでは使えず。幸い、ヒューストンでの待ち時間が二時間もなかったのであまり問題にもなりませんでしたが…。ヒューストンは暖かく、寒かったイギリスから来た僕にとってはまるで夏。三週間ぶりのアメリカは相変わらずみなさん、自分勝手な行動を取ってダラダラしていてそう言えばこういう国だったなぁ、と改めて思ってしまいました。

オマハまでの飛行機はBターミナルの一番端のまるで雑居病棟か修学旅行の大部屋の様なごった返したところ。田舎に飛ぶ飛行機だとこうなるのか?と考えてしまいました。一番困るのが近辺に食べるところはおろか、自動販売機すらなく、少し何かを買おうと思ったらしばらく歩かなければなりませんでした。やれやれ。結局、オマハに行く飛行機に乗る前に夕食を食べるのは諦める事にしました。まあ最後の機内食が出て来たのが着陸する一時間程前なのであまりお腹が減っていなかったのもあるのですが…。

ともあれ、オマハに到着しました。友人に家まで送ってもらいそれから夕食。食べて片付けをした後はもうぐったりとしてしまってすぐに寝てしまいました。実はこのブログもほとんど書いてあったのですがそれすらも忘れていた始末で…。

最後にイギリスの雑感を少し書きましょう。話は少し聞いてはいましたが、イギリスって電気にものすごく敏感な国だな、と思いました。なぜか?コンセントには全てスイッチが入っているのです。

Electrical_plug

その上、実際にコンセントに差す方にはヒューズが入っています。

Plug

実はオマハの友人から借りたアダプターの一つが使えなかったのもおそらく、ヒューズが飛んでいたからではないか?と思われます。更に、イギリスのバスルームには天気のスイッチがない、もしくは手で触らないような仕組みになっています。よくあるのが入る前、ドアの外側にスイッチがあるのともう一つ見たのが日本の昔の蛍光灯のスイッチみたいにひもがついていてそれをひくパターン。

Switch1
Switch2

要するに水場で電気、という心配があるからの様ですがアメリカでも日本でもフランスでもスイスでもイタリアでもこれは見た事がありません。更に、バスルームの中には普通のコンセントが全くない。せいぜいでひげ剃り用の特別なコンセントがある程度。電気に敏感な様です。

アメリカ英語に馴れている僕はイギリス英語は少し心配していたのですが結局、二日もいたらそのうちに馴れてしまいました。まあ、考えようによったらCERNであれだけ様々なアクセントの英語を聞いているのでイギリス英語に馴れるのもすぐで当たり前といえば当たり前。何しろ、中国人のあからさまに中国語の発音の英語から回転数が完全に間違って話しているのか?と思ってしまうようなとんでもないインド人の発音までそういう英語をCERNでは普通ですから…。

食事も結局、まずい食事にはとうとう、出会いませんでした。理由としてはいくつかあるのでしょうが、やはり、学会で来ていたので学会に参加していた人たちと「今日はその店に行こう」をしたので少しいいところに入っていた、という事とおそらくもう一つの要因は僕が普段からアメリカの食事に馴れているので基準がそもそも高くない、という事があるかと思います。まあ、そのあたりがやはりアメリカもイギリスに似ているという事でしょうか?

街を歩いていて驚いたのが中国人とインド人(もしくは中国系とインド系)がたくさんいる事。ヨーロッパに黒人がそれなりにいるのはスイスとフランスで見ているのであまり気になりませんでしたが思ったよりもずっと中国系とインド系の人がいる事。なるほど、さすが元植民地。人の流れもあった、という事ですね。その流れで中華料理店やインド料理店が多くあちこちで見られたのも印象的でした。中華は結局今回は縁がありませんでしたね。中華も美味しいらしいのですが…。

また、元植民地、もしくは大英連邦の影響でしょうか?どうやら未だにカナダ、ニュージーランド、オーストラリアなどとは行き来があるようで、イギリス人でオーストラリア勤め、やニュージーランド人でイギリス勤めとかいう人がまあ普通にいる様です。少しこれは驚きました。さすがにカナダになると若干、状況が違うらしいですが…。

もう一つ驚いたのが古い建物が普通にある事。それその物はスイスとかフランスでもそうなのですが一般住宅でそれがあるのが少しビックリ。一般住宅でも百年以上とかいう家が普通にある所があるのだそうです。店によっては何百年も同じところで営業している店とかも会ったりして歴史を感じさせました。どういうわけだかジュネーブ近郊には建物が古くても中身が違う、という事が普通にあるのでそのあたりは違うんだなぁ、と思いました。ともあれ今回は面白い経験がいっぱいあった学会でした。

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