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2013年7月29日 (月)

大阪へ

先日も書いた様に、予想外の事態でアメリカに戻るのが遅れてしまい、まだ日本にいます。単純に言えばアメリカの就労ビザが取れる状態ではなかったので戻るに戻れなくなってしまったのです。それでも先日、無事に書類が届きそれからすぐに大阪にあるアメリカ領事館でビザの予約をしました。それが七月十九日の話。

以前、大阪のアメリカ領事館に行った時はすぐに予約が取れたのですが夏休みになってしまった為か一番早く予約が取れたのが七月二十九日。少しビックリです。確か、前にやった時は翌日とかに取れた気がするのですけど…。しかもその日である時間は朝の九時半のみ。朝の九時半までに大阪だと不可能ではないですがかなりきつい…。始発のサンダーバード2号に乗ったらまあ間に合う程度。しばし考えて結局、前日から大阪入りする事にしました。そう思ってアメリカ領事館の近くの安いホテルを予約して日曜日に大阪まで一泊で行く事になりました。

しかし、正直な所、今回のビザの予約にはかなり手間がかかりました。以前と比べるとビザ面接の予約に必要な手順が明らかに増えているのです。以前はものの数分でできた記憶があるのですがだんだんと手順が増えたのかそろえる書類もかなり増えた様です。先日、必要な書類を印刷するのに確認したらなんとアメリカの国税局に支払った全ての年の所得税の証明書も出せ、との事。しかし、これは2009年より前の物は手元にありません。その前までは電話で所得税を申告できたので書類という形では残っていないのですね。これはもう不可能、と判断をする事にしました。

その上で日本では後で郵送をする、という手前、記憶ではクリアファイルとレターパックが必要なはずなのですがどこにもその様な事が書いてありません…。でももしも、の為にちゃんと郵便局でレターパックを買っておきましたけど…。どうも見た所、以前は日本のアメリカ大使館(および領事館)が日本用の内容のページが書いてあったのですが今では全世界共通にしたので各国独自の情報が書いてないという事がそもそもの原因らしいです。それもそれで困った話なのですけど…。

さて、大阪には日曜日の昼過ぎのサンダーバードに乗って到着したのが午後三時半過ぎ。それから馴れていない(けど少し知っている)大阪駅を右往左往してようやく御堂筋線まで到着。そここから淀屋橋まで一駅乗って下車。まずはホテルに向かいます。ホテルは淀屋橋周辺のホテルを押さえてあったので簡単にチェックイン。まずはシャワーを浴びて少しすっきりして一休み。夕方になってから食事前にアメリカ領事館の位置と時間を確認に出発します。実は何度も行った事があるので知らない所ではないのですが大阪に一泊して行くのは初めて。先にネットで情報も確認してはありますが移転した可能性が全くないわけではない、と思って確認に行く事にしました。

本当は前で写真を撮ろうか?と思ったのですがビルの四方に警官が立っていたので少し離れた所から一枚。

Consulate
やはり国家権力には弱いかな?まあ警察にはできる限りお世話にならないにこした事はありませんからね。しかし、夜になって来るのは初めてですがどうやら四六時中、警官が見張っている様です。警官の制服には大阪府警と書いてありました。なんとなく税金がアメリカの領事館という「日本の領土ではない所」を見張るのに使われているのは少し変な気分ですが…(まあ僕は日本に税金を払っていないのですけど)。その日はそれから簡単な夕食を食べて終了。

翌朝、目が覚めたのは六時前。それほど速く起きるつもりはなかったのですが起きてしまったものは仕方がありません。シャワーを浴びて簡単な物を食べてテレビのニュースを見てチェックアウトに進んだのは八時半過ぎ。ビザ面接は九時半だったので時間がかなりありますが早い方が遅れるよりはまし、という事で早めに出発します。

領事館の中には携帯電話などの電子機器は禁止なのでまずは淀屋橋の地下鉄の駅のコインロッカーに荷物を入れて必要な書類だけを持って出発です。しかし、途中であまりにも時間があるので少し時間つぶしに領事館の手前のコーヒーショップに入る事に。実はこの店には前にもこうやって時間つぶしに入った記憶があります。以前は金沢から電車で朝来てそれでも早かったのでこのコーヒーショップで時間つぶしをしました。また、その時は確かこの店でビザ用の写真を4センチ角にコーヒーを飲みながら切った記憶もあります。結局、九時まで時間をつぶしてそれから領事館へ向かいます。

領事館に到着したのは午前九時過ぎ。もう外にそれなりの数の人が並んでいます。やはり夏休み。若い人たちが多い事。前述した様に九時半の予約なのですが実は三十分ぐらい早いのはあまり問題にはならないらしく、わりとすぐに入館させてもらえました。僕は書類だけしか持たずに来ているので楽なものです。

まずは三階に行って書類の簡単な確認から。待つ事しばらく。係の人が出てきて「学生ビザの方はいますか?」と質問を待っていた人全員にします。どうやら学生ビザは別窓口でまとめて行う事にした様です。アメリカ領事館には何度も来ていますがこれは初めて。やはり夏の間は学生ビザの申請が多くなるからの特別措置の様です。まあ日本人の留学生はほとんど心配されない、という事も理由の一つの様ですが…

そういう中で僕の後ろの十五歳の男の子はなぜか普通の学生ビザではなく、J1というビザの様で係の人に「J1だったらこのまま列に残って」と言われていました。普通はJ1はポスドクとか研究者なのでどうして高校生ぐらいの子がJ1の申請をしているのかさっぱりわかりませんでしたけど、後で調べてみたらJ1だと交換留学生も含まれるのですね。という事は僕もその昔、高校生の時は交換学生だったのでその時に持っていたのはJ1ビザだったのか?という気もしますが今となってはそれもどうだった事だか…。そもそも、あの時はまずは観光ビザで行ってそれからビザを変更するという今から考えると信じられないような事をしましたし…。きっと今ではそんな事はできないのでしょうね…。

さて、他の人たちの一部はこの段階でいろいろと質問をされていましたが僕は全く無し。他の人たちには「以前持っていたビザは…」という質問が多かった様だったのでこういう時の為に一応、持ってきた古いパスポートを用意してあったのですが結局、僕にはそういう質問も全く無し。結局、係の人が事務的に仕事をしてものの二分で終了(待ち時間の方が長い!)。唯一あったのは僕が使っていたクリアファイルがペラペラの安物だったのでそれを変換されて係の人が手元にあったクリアファイルを使う事にするぐらい。記憶が正しければ実は領事館に提出するクリアファイルは手元に帰ってこない事が多く、もしかしたら大量にどこかに在庫があるのか?という気がします。実は僕がペラペラの物にしたのはたまたまこれがしばらく前に買った日本通信のSIMに付いてきた物で、どうせ帰ってこないならこれでいいや、と思ったからです。ペラペラのクリアファイルではダメですとはどこにも書いてありませんでしたからね。

とりあえず、無事に書類検査(なのか?)が終了してから指紋のスキャン。以前は確か二階でやっていたはずですが今では三階でやっているのですね。こうやって指紋のスキャンを最近はビザの時にしてその上で入国の時にもされるのですからこれではまるで犯罪者扱いではないのか?という気もしますが…。おそらく、ビザ、および入国管理の所で僕のファイルとしてこの指紋のデータが入っていて本当に僕なのかどうかを照合されているのでしょうけど、しかしこんな事をして本当にアメリカが安全になっているのか?という疑問はあります。ともあれ、指紋のスキャンをしてそれから一階下の二階へ向かいます。

二階で行われるのが本当の「面接」。ここでもほとんど質問は無し。訊かれたのは「どこで働いているか?」と「何をして働いているのか?」という程度。多分、提出した書類の一部は必要がない書類だったのでしょうが文句も言われずに受け取ってくれました。最後に「ビザはちゃんと許可されました。三日ぐらいで届きます」との事。やれやれ。

いつもの事ですが実はここに来る度にそれなりに緊張します。もし下りなかったらどうしよう?と思ってしまうのです。でもこれまでビザが出なかった事は(働き始めてからは)一度もありません。まあおそらく、大学で就労ビザだと普通はつらつらっと書類に目を通して得に問題がない限りは認可されるのだろうな、と思われます。もっともその一方で僕の同僚のインド人は三ヶ月近くビザが下りずにメキシコで足止めを食らっていましたけどね。でも彼の場合はインド人でもイスラム教徒で化学者。その上で苗字が「アリ」といかにもイスラム教徒の名前なのでそれがそもそもの問題だったという話。むしろ特例になるようです(が、それってものすごい人種差別、もしくは宗教差別ではないか?という気もしますが…。残念ながらそういう時代なのだな、という事ですね)。

ちょっと驚いたのが以前はレターパックを持って来い、と言われたので用意してあったのですが今回は「必要ありませんよ」との事。なんと最近はビザの申請代に郵送料も含まれているらしいです。まあいいか、と思いながらも返されたレターパックを持って帰る事に。そういえば今回はビザの申請代金もクレジットカードで支払えたし、エラく料金が高くなっていましたね。以前は大阪に着いてから領事館の近くの三菱銀行の口座に払う事になっていましたけどシステムが変わった様ですね。前回はATMから振り込んだかな、そう言えば?

さて、領事館を後にしてから荷物を淀屋橋の駅のコインロッカーから回収してまずは靴からサンダルに履き替えてまずは大阪駅まで向かいます。大阪駅で別のコインロッカーに荷物をまた入れて身軽になった所で大阪を少し見て廻る事に。まあ大阪には何度か来ているのでそれほど見たい所もないのですけど…。とりあえず、梅田の街中を少し歩いて見ます。まずは梅田駅前のヨドバシカメラを冷やかす事にします。

そうこうしているうちに昼近く。お腹も空いてきたのでどうしようか?と少し考える事に。どうせなら大阪で関西風のウナギを食べようか?と思ったのでiPhoneで検索したらなんと駅の大丸の十四階にある「つる屋」という店は大阪のどこぞにある有名な店の出店らしく、結局そこで食べる事に。

Eel_lunch

この時に使って、と言われた山椒の匂いがすごかったけどもっとビックリしたのはとても辛かったこと。この山椒が多すぎたので口の周りが若干、麻痺してしまったぐらい。う〜ん、すごいなぁ、と思いました。注文して食べ物が出てきてから知ったのは実はこの定食にはデザートも含まれていて、出されたのがこちら。

Desert
あまり甘くなくちょうどいいぐらいでした。平日の昼食時間だったのでさすがに客は僕以外はみなさん、二人以上のオバさんばかり。それでもちゃんと回転するのがすごいなぁ、と思いながら支払いを済ませて店を後にしました。

それから大阪にいる間に探したいものがあったのでなんばに地下鉄で移動しました。でもなんばのでんでん街ってやっぱり秋葉原よりも規模も小さいし、秋葉原ほど店の特化もしていないので結局、お目当ての物は見つかりませんでした。え?何を探していたかって?Gainerという名前の小型マイコンの一種です。この手の物としてはArduinoという物を持っているのですがGainerはつくばの高エネルギー研究所の方が制御系の教材として使っている物があるらしく、僕は学生向けに同じ物を入手するのも悪くないな、と思ったのです。まあ実はアメリカでも最近はGainerも買う事ができるらしいのですけど、Gainerは元々、日本で開発された物なので日本で買った方がいいか?と思ったからです。それでも買えないのなら仕方がありません。

それでも見つけたのがこちら。

Oring
いわゆるOリングですね。実はこちらは職場でNMRに使う冷却用の液体ヘリウムの注入管に使う予定です。馬鹿みたいな話ですがOリングもアメリカでは基本的にはインチ単位で売っています(何分の何インチ、例えば5/12インチとかいうサイズで売っています)。ところが液体ヘリウムの注入管はミリ単位(イギリス製)で作られているのでなかなかインチ単位のOリングで限りなく大きさが近い物を使っているのですがどうせなら日本でミリ単位のOリングを買ってみてはどうか?と思ったからです。面白い事になんばのでんでん街に一軒、ネジ屋さんがあったのでもしかして?と思って尋ねてみたらやはりありました。

そうこうしているうちに二時近く。あまり遅くになって金沢に帰るのも嫌だったのでとりあえず必要な事はすませたので大阪駅まで向かって金沢まで帰還する事に。今回は先に帰りの切符を買ってはありましたが指定券をもらいにまずはみどりの窓口まで行きます。結局、二時四十二分発のサンダーバードに乗る事に。

Osaka_station1
Osaka_station2
Osaka_station3
Osaka_station4

金沢に戻る電車はそれほど混んでもいませんでしたがガラガラでもないまあまあ、の状態。京都から隣の席に人が来てふと見渡すとまあ人が乗っている、という程度。

金沢に到着したのは夕方の五半時過ぎ。大阪ではほとんど降っていなかった雨も敦賀の手前あたりからひっきりなしの雨模様。それほど強い雨ではありませんが、大阪ではほとんど傘をささなくても済んだ事を考えるとエラい違いですね。実はその雨の為に小松あたりはしばらく徐行運転をしたので金沢入りは十分程遅れて入る事になりました。小松辺りではいろいろと避難勧告などがでていてたいへんな様ですね。

River1
River2

手取川もこの通りやたらと水位が高かったです。

River3
River4

ともあれようやくながら無事にビザ取得もほぼ終了。後はパスポートが戻り次第、渡米の手続きになりそうです。

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