« 東京での一日 | トップページ | 夜の音 »

2013年7月 4日 (木)

街を歩く

オマハで暮らしていて滅多にやらない事の一つが街中を歩くという事。そもそも、オマハではあまり街中を人が歩いているのを見かける事がありません。これに関しては前から何度か考えてみた事はあります。またこれはオマハに限った事ではなく、アメリカの多くの街で街中を歩いている人を見かける事はあまりありません。今更の事ですがどうしてだろうか?と考えてみました。

一つにはアメリカでは街中を歩くのはあまり意味がない、という事。例えば、僕の家から一番近いスーパーまでの距離はだいたい2.6キロ程度。決して遠くはありませんが近くもありませんが買い物を持って歩くとなるとちょっと躊躇する距離ではあります。実際の所、家から一番近い所にある僕が行くような店ですら似た様な距離にあるので実用的な理由で歩く事は普通はまずありません。アメリカでは日本のようなコンビニは存在しないのでそれもまた「ちょっとそこまで」歩く必要性がない理由の一つになります。

現実的な理由として時間帯や場所にもある程度左右されますが歩くのが危険、という事もあります。当然、僕はそれを考慮した場所に住んではいます。が、それでもあまり遠くない所ではそれほど治安がいいとは言えないような所だったりもします。どのぐらい治安が悪いか?まあたまに人が死んだりはする様です。確か十年程前には僕が今住んでいる辺りでもギャングの縄張り争いである程度の撃ち合いがあって、という事があったらしいです(と当時この家に住んでいた友人/大家から聞きました)。もっともアメリカではどこに行ってもある程度のそういう危険がある、という事実もあります。ただ、確かな事は僕の家の前はこの状態

 


大きな地図で見る

でまあいいのですが、少し行った先は例えばこの通り。

 


大きな地図で見る

この様に廃屋になってしまった家が多くなり、道の状態もこの様につぎはぎだらけ、という場所になってしまいます。こういう所になるとだんだんと治安が悪くなってきます。と言ってもオマハの治安は田舎なのでそれほど悪くはなく、せいぜいで強盗にあうと言った程度。アメリカの大都市と比べると安全なものです。まあコツとしては変な所に変な時間に行かない事。それさえ守れば後は普通は事件に巻き込まれる事はありません。

それでもたまにその辺を歩いたりしているとお金をくれ、とかいう人にたかられる事もあったりもします。え?どこでそういう事に遭うのかって?職場の周辺です。先日も怪しげなおじさんに「電話をかけたいからお金をくれ」とか言われました。しかし、先日も書いた様にうちの大学の敷地内には公衆電話なる物がもはや存在しない様なのでそう教えてあげましたけど(まあほぼ間違いなく、電話をかけたかったのではなくお金を欲しかったのでしょうけどね)。

この手のたかりはまあよくあるそうで、知り合いのある先生はなぜかバスで職場に来る事が多く、よく「バスに乗ってXXに行きたいけど」という理由でお金をたかられるそうです。が、その先生も馴れた物でそういう時は残額がほとんど残っていないバスのプリペイドカードをあげるそうです。「本当にバスに乗ってどこかに行きたいけどお金がないならそれで十分。でもそのあげたお金で酒を飲む可能性があるから」との事。

実はオマハにも市バスが通ってはいます。が、あまりにも使い勝手が悪く時間がかかるのでその為に車を持っている人が乗る事は滅多にありません。実はオマハのバスは乗る所は決まっているのですが降りる所は基本的には一ブロック単位で沿線上ならばどこででも降ろしてくれるのでこれもまた時間がかかる原因の一つの様です。ちょっと郊外の方に行くとなるとどこかで乗り換えもしなければなりませんが、バスのつながりもよくなく、不便なので誰もバスに乗らない、という事が起っています。

先ほどの先生の場合はそれほど遠い所に住んでいないのと家に車が一台しかないので奥様が車が必要ない時だけ車で職場にやって来るそうです(それでも車で来る倍以上の時間がかかるとか)。あまり僕の家から遠い所ではないので何度か帰りにバス停で待っているのを見かけて送ってあげた事があります。

他にも自転車で通勤した時に何度か通行人の怪しげな女性にたかられた事があります(それも毎回同じ人)。僕の通勤する時間ですから午前六時頃。それも夏時間の間ではなく、通常時間の頃。従ってまだ暗い時間帯の話。そんな時間に知らない人に話しかけられてお金をくれ、とか言われてもどう考えても怪しいので基本的には無視。またそれを長い登り坂で自転車で登っている時にそういう事を言われて停まる人はまずいないと思うのですが。それも自転車の通勤路で一番治安が悪い辺りを通過してそれですから…。停まると強盗に遭うのでは?と考えてしまいます。

僕の家のある住宅地などではその辺りを歩いている人たちの多くは犬の散歩をしている普通の人が一番多い様です。次がおそらく散歩をしている人。その次は訪問の物売りやその手の人たち(宗教勧誘を含む)。その次が何やら怪しい人(いるのですね、不審な人がウロウロしているという事が。それもいつも同じ人が…)。

もう一つ気がついた事があります。少なくともオマハにおいては街中に個人商店という物が事実上、なくなってしまったようなものでその辺りににポツンと店があるという事は滅多にない様です。店の多くはだいたいショッピングセンターやダウンタウンの中に含まれたりしている事がほとんどです。そうなると買い物一つに行くにもそういう所に自動車で行ってその周辺を歩くのがせいぜい、という事になります。おそらく一番の原因がそこにあるのではないか?という気がします。

そもそも個人商店なる物が今のアメリカではだんだんと少なくなって来ているという事も事実です。この傾向は年々強くなってきていて、個人商店は量販店に太刀打ちできずに潰れていくという事が本当に多くなってきている様です。そうやって個人商店がなくなって行くと当然、買い物に行く場所は大手の量販店になってしまいます。そういう所はモールのようなショッピングセンターに含まれるので、という事になります。生き残っている個人商店も自分で店を構えるという事はなくショッピングセンターの中で、というパターンがほとんどですし…。そうなるとまあ歩く事はなく、ショッピングセンターまで車で行って、となってしまいます。

またここにはアメリカ人の買い物の仕方の問題があるかと思われます。アメリカ人の多くは買い物に行くのは一週間に一度程度からそれ以下。その為に一度の買う量は半端ではなくもう大量の食品を一度に買っています。そういう買い方をすれば車がないと買いに行けません。これも歩いて買い物という事がない理由の一つなのかもしれません。

また、オマハにおいては天候の問題もあるかと思われます。夏は暑く冬は寒いオマハでは歩くのに向いていないのかも知れません。その上に春には雷雨がいつ来るのかわからない時期もありますからそうなるとますます外を長く歩くのは向いていないのかもしれません。気候がよくない時期には車でショッピングセンターまで行って駐車場から建物の間距離だけを歩くと言うのもある意味では理にかなっている事かもしれません。

車社会のアメリカでいったいどういう人が道を歩いているのか?オマハで大通りを歩いている人のほとんどは近隣に住んでいる人たちか後はお金がないなどの理由で車がない人たち。アメリカでは一般に大都市を除けば基本的には公共交通機関がないかあってもあまりにも不便なのでオマハのような街で歩いている人にはそれなりの理由がある場合がほとんどです。まあアメリカが車社会だという証拠の一つなのかも知れません。

金沢の街を歩いていてふと気がついた事があります。日本の道で歩道がある所は歩道が広いな、という事。オマハではあまり歩く人がいない為なのか普通の道では歩道の幅はせいぜいで60センチ程度。この幅は人がまあ多く歩くと思われる大学の辺りですらせいぜい90センチ程度。街中の歩道はさすがにもっと広くなっていますが金沢の歩道はオマハの歩道よりも広い所が多いです。まあ日本では少し裏通りに入ると歩道がないという事もあるのですけど…。アメリカでは普通の道で歩道がないという事は滅多にありませんから…。

« 東京での一日 | トップページ | 夜の音 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1537785/52313552

この記事へのトラックバック一覧です: 街を歩く:

« 東京での一日 | トップページ | 夜の音 »