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2013年9月23日 (月)

いじめられっ子とその後

しばらく前に幼なじみの子と僕の少し複雑な気持ちについて書きました。その時にも書きますが中学生の頃、僕はいじめられっ子でした。多分、あの学校では当時その様な事が起っているという認識は生徒にも先生にもほとんどなかったのだろう、と思われます。その関係などもあってずっとFacebookで幼なじみの子と友達になるのを控えていたのですが結局、Facebookで友達になりました。それをきっかけにいじめっ子について考えてみました。

多分、元いじめっ子の方から僕に友達申請があったりする事はまずないのだろうな、と思われますがそうなるとどうするか?という事を考えざるをありません。正直な所、もしそうなったらどうするのか?という事はまだ決めていません。一番単純なのはおそらくいじめっ子だった人たちをFacebookで特定のユーザーをブロックしてしまう事。いじめっ子ではありませんが、僕は一人だけそうやってブロックした人がいます(CERNにいた時のフラットメイトの一人。一生関わり合いたくない、と思っているからです)。ただ、何となく逃げている様な気がするのでそれはなんとなくしたくありません。他に方法としては単純に無視する、あるいは大人の対応をする、という事もできます。が、どれも何となくどうしたものか?と考えてしまいます。

多分、本当の所は少し後ろめたい気持ちがあるのだろうな、と思います。僕が中学生だった頃という事は今から三十年ぐらい前の話になります。三十年も前にあった事なのに未だにわだかまりをどこかに抱えている自分にあきれるとともになんだかそういう自分が嫌い。だから何となく後ろめたく思うのであろうな、と思います。ただ、向こうの方ではおそらく僕をいじめていたという事を考える事はないだろうし、覚えてすらいない可能性もあります。誰かに指摘されて初めて「そう言えばそういう事もあったかな」がせいぜい。覚えてすらいない可能性もあるだろうな、と思われます。そういう事に何十年も経ってもまだこう思っている僕が何となく嫌。だから何かをするのが少し後ろめたく思うのだろうな、と思います。

正直な所を言えば、僕は中学の頃を思い出す事はほとんどありません。毎日が嫌で嫌でたまらなかったからです。それどころか覚えている事は嫌だった事がほとんど。多分、嫌な事ばかりでいい事も覚えていないからだと思われます。

もし、という事を考えてもどうしようもありませんが、もし、あの時、僕がいじめにあっていなかったら多分、全く違う人生を歩いていたのではないか?と考えてしまいます。あの頃の僕は卑屈だったな、と今でも思います。今でも少し屈折したところがあるな、と思う事が時々あります。それもその頃からの物で未だに名残が少しあります。友人を作らなくなったのもその頃からの事。人間不信になって人の事を信用しなくなったのもいじめられていたから(これは大学一年生の時にはまだそうでした)。

ただ、もし僕がいじめられっ子でなかったらアメリカに来る事もなかったのではないか?という気もします。高校生でアメリカに一年間ホームスティに来る事は僕がいじめられていなかったらなかったかもしれません。嫌でたまらなかった中学を卒業して高校で僕はやり直そうと思っていました。でも同じ中学のいじめっ子の一人が同じ高校に入ったので結局、やり直しができずどうしようもなく思っていた所にアメリカに行く話が舞い込んできたので正直な所、僕は逃げる様にアメリカに行った、という側面もあります。でももしいじめられていなかったらあの時、アメリカに行く事もなかったし、そうなったら今の僕はいないのかも?と考えてしまいます。そういう意味ではいじめがあったからこそ今の自分がいるのかなぁ?という気もします。

正直、自分で考えてみてみっともないな、とも思います。三十年も前の事を未だに引きずっているのですから…。実際、昔いじめられていていまだにいじめっ子たちの事を許していないというのはみっともないな、と思います。だから少なくとも僕はいじめっ子だった人たちを許したい、と思います。中学生だったので分別がある程度はある年齢だったので子供のやった事、で済ませられる問題でもないとは思いますが決して許さないわけではありません。でも例えば僕が最初にいじめられっ子になるきっかけを作ったN君と僕が友達になる事は絶対にありえないな、と思います。そもそもその当時から共通の会話の話題もないしそれから三十年も経った今ではもっとないのだろうな、と思えてなりません。恨んでいるか?と訊かれたら「わからない」としか言い様がありません。彼らと自分から話をしようという気は今の所、全くありません。

十年ちょっと前に一年半程日本にいた時、ふとしたきっかけで小学校の同級生たち何人かと会う事がありました。小学校の頃は中学校程ではなかったのですがやはり軽くいじめられたり仲間はずれにされた経験があった僕としてはあまり気が進まない集まりだったのですがまあ諸般の事情で行く事になりました。その時に来ていたある子は当時、僕の事を馬鹿にする様な事を平気な顔で「夏休みに何をしたか」で始業式の日に言う様な子だったので本当に嫌でした。それでもその時に十何年ぶりかに集まってみたら向こうも大人になったのかまあ「普通」でした。僕の方ではできるだけ昔の嫌な事に関わり合いたくなかったので口にはしませんでした。でもそれ以来、その彼と連絡を取っているのか?と言うと全く取っていません。やはり関わり合いたくないな、と思ってしまうのです。多分、中学の頃のいじめっ子達とも同じ感覚で関わり合いたくない、と思うのです。

やっぱりもう少し人生の修行が足りないのかな、こういう風に思うという事は…。なんだかこういう自分が小さく思えて嫌だな…。

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