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2014年5月10日 (土)

試験期間中に学生たちを見て考えた事

しばらく前に同僚のある先生と話をしていて「最近の学生って夜遅くまで起きていないか?」という話題になりました。僕が学生の頃、寮はだいたい夜の十一時を廻るとほとんどのアメリカ人はもう寝始める、という事が多かった様でが最近の学生は話を聞くと二時、三時まで起きている学生も結構、普通にいる様です。同僚の先生も自分が学生だった頃、そんなに遅くまで起きている事は無かった、と話をしていました。僕が学生の頃はやはり図書館もだいたい十一時を過ぎると人がいなくなってしまう、という事が普通だったのですが最近は必ずしもそうでもない様です。

それどころか、この二年程の間に試験期間中は図書館の一部のスペースや学生会館が二十四時間、開いている様になったのも最近の学生の生活時間が昔と違うからではないか?と思われます。どうしてこの様な違いができたのかは定かではありませんが、近年のアメリカの高校生が遅くまで起きている事も事実の様です。特にこの十年ぐらいの間に高校生の睡眠時間が減ってきているらしいです。その為かこの数年の間に午前一時、二時という時間に学生からメールが来る様になりました。以前はそんな時間に学生からメールが来る事はまずなかったのですが最近ではそれがよく見かけられる様になりました。

では学生はよる遅くまで何をしているのか?平たく言えばどうも勉強をしている、という事が多い様です。そう書けばまだ感心できるのですが実は決して感心できる理由でそんな時間まで勉強をしている(らしい)のです。遅くまで起きて勉強をしている理由はもっと早い時間に勉強以外の事をしているから、というのが大きな理由の様です。かつては七時、八時、九時という時間帯はみんな勉強をしていた物なのですが今の学生たちの多くはそういう時間帯に勉強をする、という事を必ずしもしてはいないらしく、「課外活動」の類いをしている、という事が多い様です。そうした課外活動が多いので勉強をする時間が遅い時間まで取れない。遅い時間まで取れないから必然的に遅い時間まで起きている、という事になっている様です。

当然、そういう学生の多くはあまり時間管理がうまくありません。従ってよく見るパターンはすべて後回しで締め切り近くになって徹夜でもして頑張る、というパターンの学生が最近では多くなりました。ちゃんと計画を最初から立てて対策を練っていればそれほど酷くはないはずなのですが…。そもそも「来週の水曜日に試験がある」という理由で青くなって夜中まで勉強しているのは問題がではないか?と思います。本来ならば毎日、最低でも二日か三日おきに少しずつ積み上げて勉強をしていて何とかなる、そういう物です。特に数学、物理、化学などではその傾向が強いので日々の勉強が大切なはずなのですが最近の学生は僕が学生だった頃よりもそういう勉強の基礎ができていない学生が多い様に思われます。これが僕だけがそう思っているのであったら話は別なのですが多くの先生がそういう事をこの数年になって言う様になりました。やはり今の学生はちょっと前までの学生とちょっと違う様です。

その弊害として先ほども書いた様に学生が午前一時とかにメールを書いてくる様になりました。それだけは別に特に問題ではないのですがその内容が例えば翌朝の試験に関する質問であったりするからビックリです。他にもある化学専攻の学生は夜中の二時とかに「明日、十一時に質量分析機を使いたい」とか平気で書いてきたりします(この学生の場合は質量分析機を使う前に僕がちょっと作業を先にしてあげないといけないから「必ず使う前に教える様に」としてあるのです)。それを午前二時、つまり十二時間を切った段階でしかも非常識な時間にメールを送るってどうよ?と思います。そもそも、夜中の二時に急に思いついたわけではなくてもっと早い時間に思ったけど夜中の二時までメールを出さなかったというだけで…。やはり生活の段取りという物をあまり考えていない様です。

他にももう一つ気がついた事があります。一般に同じ内容の授業で早い時間帯のクラスの方が成績が高い傾向にあります。したがって一般化学や一般物理の様に朝八時、朝九時半、朝十一時と三つあるとだいたい八時の授業の平均点が一番高く、だんだんと低くなる、というのが定説でした。これは朝早い授業を取る学生の方が生活のリズムがちゃんとしていて一生懸命勉強するタイプの学生だから、という事らしいです。ところがこの二、三年程の間に朝八時の授業よりも九時半の授業の方が平均点が高い、という傾向が見られる様になって来た様です。なぜか?よくよく話を聞くと朝八時の授業ではどうしてもまだ目覚めていなくて居眠りをどうしてもしてしまう学生が多いかららしいです。この辺りもやはり同じ事を別の側面から見ている様です。

他にも最近の学生は少し前までの学生よりもずいぶんと手間がかかる傾向にあります。同じ内容を教えるのでも一昔前は簡単に説明しておしまいだったはずが手順を細かく分けて一つ一つ丁寧に教えなければ理解できない傾向が明らかに強くなりました。本を読んでそれだけで理解する、という能力にも欠けるようです。そうなると当然、以前の学生たちよりも手間がかかる様になります。

どうしてそういう事になってしまったのでしょうか?よくはわかりませんが最近、もしかしたらこれはブッシュ政権時代に作られた「No Child Left Behind(落ちこぼれゼロ)」』法にある程度関連があるのかも知れません。

考えてみると実際に法律が施行されたのは遅くても2005年の話。いまから九年程前の話になります。その時に一番下の学年だと三年生。それから九年だとちょうど今年あたりがNCLB法で完全に育った学生ぐらいになる計算になります。一部の州では2005年より前から始まっていたはずなので数年前から何となく違う学生が多くなったのにももしかしたら納得がいく事になるかと思われます。

どこが具体的に問題なのか?こちらによく書かれていますが基本的には「明らかに競争原理を利用する事で全体を底上げする」所にあります。単純には多くの学校でNCLB法が施行になってから授業の一部がいかにしてNCLB法で定められている学力試験を通過するか、に集中して教えるようになった事にあります。その為に試験の結果として表れない弊害が出て来ているのではないか?という危惧が一部の大学職員の間で出て来ています。

もちろんそれだけではどうして学生達が遅くまで起きているのか?と言う事は上手く説明できません。ただこの数年の間でアメリカの高校生の睡眠時間が短くなっている、という話はチラホラと聞く様になりました。どうしてそうなってしまったのかはよくわかってはいませんがこの十年程の間にそういう現象が見られる様になった事は確実です。一説には十年ちょっと前ぐらいからインスタントメッセンジャーや携帯電話などが発達してきてそれが高校生ぐらいではもう当たり前の世界になってしまって今の若い子達の間ではお互いに連絡を取るのはSMSなどを使って当たり前に行われる様になったから、という話もあります。

NCLB法の影響はともかくとして最近の学生の多くは明らかに学習方法を学ばずして大学まで来てしまっています。先日も同僚の先生と話をしていたら「この大学に三年前に来たとき、大学生だから学習方法を知っているだろう、と思っていたら大間違いだった。全然知らなくて小分けにして宿題を出さないと予習も復習もしない」とぼやいていました。アメリカ人の学生が予習をしないのは僕が学生だった頃からあまり変わっていませんが復習もロクにしない学生(というか授業をただ聞いて教科書を読めばなんとかなる、と思っている学生)が多いので宿題をこまめに出さないと何もしなくて落第する学生が最近は多くなったそうです。その先生の高校生の娘さんの話を聞けば僕の感覚からすると元々あんまり勉強をしなくてよかったアメリカの高校は今では本当に何も勉強しなくてもなんとかなる様になってきているらしいです。何でも試験を落第しても追試はある、課題を忘れても期限延長は普通。更には点数がどうしても足りないと「特別課題」をすれば何とかなる、とかそういう事ではなかなかここ一番という時に能力が出せないのは当たり前です…。今更僕一人で何ができるわけではないですけど期末試験期間の学生たちを見ていてそう思った今週でした。

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