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2014年7月 5日 (土)

出張の移動日に

それなりの頻度でどこかに行く事があるので空港で時間をまあそれなりに過ごす事があります。今回も出張なので空港で乗り継ぎを待っていました。そもそもアメリカ国内を動くとき、行き先がたまたまハブになっている都市(たとえばシカゴとかデンバーなど)でない限り普通はどこかで乗り継ぎをする事になります。もちろん乗り継ぎが少ないにこした事はありませんが普通は例えばユナイテッド航空やアメリカン航空だと東海岸方面に行くのにはシカゴで乗り換えてデルタだとデトロイトかミネアポリスというのが普通のパターン。西方向だとユナイテッドやアメリカンではデンバー。デルタだとソルトレイクというのが普通です。

今回はサウスウェスト航空。サウスウェストで東海岸に行くのは伝統的にはシカゴ(普通に使われるオヘア空港ではなくミッドウェイ空港)乗り換えですが今回はセントルイス乗り換え。記憶が正しければセントルイスで乗り換えをした事は一度だけあります。

さて二十歳の頃からあちこちの空港で乗り換えを待つという事をしているのであちこちの空港に行った事があります。僕があんまり好きでないのがミネアポリス空港とシカゴのオヘア空港。LAの空港もあまり好きではありません。個人的に逆に好きなのがシカゴのミッドウェイ空港やヒューストン空港などです。

今回は空港までは友人に送ってもらう様にしてありましたがその空港までの送り迎えについてぼんやりと考えてみました。空港まで行くのに問題があった記憶はあまりないのですが(一、二度ぐらいギリギリだった記憶がありますけど)その逆、迎えに来てもらうのにはいくつか思い出があります。

最初のはもうずいぶん昔の話になりますがまだ学生の頃。初めてオマハに来た時です。この時、僕は「大学から誰かが迎えに来てくれる」という話を聞いていました。実際にオマハの空港に到着してみて荷物を拾って東南アジア系の男の人が近づいて来ました。これが僕の迎えだったのですがすごく英語が訛っていた上に僕の名前を書いた紙を持っているわけでもなく何となく怪しい感じ…。かなり警戒していたのですがそれでもちゃんと大学のロゴが入った車に乗せてくれました。それからキャンパスまでつれてきてくれたのですがキャンパスまで到着してからどこに行けばいいのかを尋ねたらそれすらもわからなくて聞けば「いや、ここの学生じゃないから」との事…。何年も経ってから聞いた話では本当はそういう事はあってはならない事でおそらく元々頼まれた学生が何らかの理由で代わりにうちの大学ではない友人に頼んだのだろう、との事でした。この時は僕はかなり警戒してしまいました…。

他にもやはり学生の頃に従弟がラスベガス方面まで遊びに来る、と言うので会いに行って来た時の事。ラスベガスは興行価値があるのであちこちの航空会社から直行便があちこちに飛んでいます。オマハもその例外ではなく、乗り継ぎ無しで行ける所です。当時は寮に住んではいませんでしたがルームメイトがいる頃でルームメイトが迎えに来てくれる予定でした。ところが実際にオマハに到着してみたらそのルームメイトがどこにもいません…。ちょっと遅い時間(午前一時頃)だったのですが忘れて寝てしまったらしいです…。さて、どうやって帰ろうか?と思っていたのですが幸いたまたま飛行機で後ろの席に座っていた方が友人のバイト先のボスで僕の事を友人から聞いて知っていたので「乗って行きなさい」と言われ家まで送って頂きました。飛行機の中で話をしなかったにもかかわらず、なぜか前に座っていたのが僕とわかっていたらしく、さらに前々から僕の友人から僕の事を聞いていてなぜか僕に元々会ってみたかったらしいです(そちらは後日、友人から教えてもらいました)。世の中には変わった事もあるもんだ、とその時、思いました。

さて今回は職場の友人に空港まで送ってもらいました。午後一時過ぎの飛行機なので十一時過ぎにくる様にお願いをしておいて朝は基本的には暇。何をしようか?と思っていてふとメールをチェックしたらCERNにいる(物理学の)ボスからメールが届いていました。なんでもCERNで学生が書いたソフトウェアがちゃんと作動するかをチェックしようとしていたらしいですがうんともすんとも言わない状態でどうしようか?という状態。できればSkypeで連絡を、との事。まだ友人が来るまで一時間ぐらいあるのでそのままSkypeを起動させて繋げます。その後、結局、友人が送りに来るまでSkypeで一時間ぐらい話っぱなし。友人が来た段階で「ごめん、空港に行かないと」となりました。それでも何とか元々の検査を始められる所までこぎ着けた状態の様でした。

独立記念日はそれほど混んでいないだろう、とは思っていましたがまあそれなりの人でした。多分、昨日の夜とか今朝はもっと混んでいたのだろうな、と思われます。今回は荷物がやたらと重かったので空港で預ける時もちょっと一苦労。空港でようやく預けた段階でようやく少し身軽になれました。それでも機内持ち込みの荷物も普段、職場に持って行く荷物よりも大きく重いのですけど…(もっともそれは普段、職場に行く時は必要最小限しか持ち運ばないから、という話もありますけど)。

正直な事を言えばニューヨークまでの間に荷物が紛失された方が今回は楽かな?という気がしていました。そうすればニューヨークで「ロングアイランドまで配達して」という事ができるからです。またセントルイスからニューヨークまでの飛行機がオーバーブッキングで後の便に振替にしてもいい人を探していたら正直、やるつもりでした。だって別に金曜日中に到着しなければ理由はそれほどなくてただ単に金曜日中にオマハ(というか家)を出たかっただけですから…。

もっともそううまくは行かないのが実情で、オマハからセントルイスまでの飛行機はあんまり混んでいなくて空席があちこちに見られました。セントルイス空港もあんまり混んではいませんでした。まあアメリカ人にとって独立記念日は特別な日の一つですからできるだけ無駄にならない様にするとどうしても四日に動きたくないというのは理解もできます。昼にオマハを飛行機で出るとどうしても乗り換えがあると到着は夕方以降になりますから敬遠されるわけです。

空港で時間を潰すのも楽ではありません。以前ミネアポリスの空港で日本からアメリカに戻る途中であまりにも眠くてでも寝ると危ないし飛行機を乗り過ごす可能性があるので必死な思いで起きていた事もあります。シカゴのオヘアで五時間待ちだかでする事がなくて暇だった事もありました。他にもLAで予定の飛行機が遅れに遅れて結局、二時間待ちが六時間街だかになってしまった事もありました。

逆に時間がもうなくてエラい目にあった事も一度か二度ありました。二年程前に日本からオマハに戻るとちゅうでデンバーで時間がなくてゲートからゲートに走ってようやく僕は間に合いましたが荷物が間に合わない、という事もありました(ちなみに荷物が来なかったのはその時が初めて)。このデンバーの時は僕を含めて数名、同じ便でオマハに行く人がいたので飛行機の離陸を待っていてくれていました。昔はよくそういう事があったのですが最近はそういう事が滅多にないのでちょっとビックリしました。

いつだったかCERNから戻って来る途中、アメリカの入国先で乗り換え時間が一時間あるかないか。入国審査や荷物チェックを考慮すると実際は三十分程度しかないのでこれは間に合わない、と思っていたらゲートがセキュリティをくぐってすぐで間に合った事もありました。

前回、ロングアイランドに行って帰る時には元々乗るはずの飛行機がキャンセルになりそれをロングアイランドから二時間運転してようやくラガーディア空港に到着してから知った事もありました。その時は「翌日」とか間抜けた事を言われましたが「無理」と言って結局、予定していたデルタ航空からアメリカン航空に差し替えになってニューヨークからダラス、ダラスからオマハというちょっと無駄な経路でオマハにたどり着いた事もありました。その時はラガーディアでは「今すぐ出る便」に乗せてもらってダラスでも乗り換え時間が三十分程度と駆け足で帰ってきました。飛行機の中から空港に迎えに来てくれる友人にメールを書いて送った記憶があります…。今の世の中だからなんとかなったけど十年ぐらい前だったらそれもできなかった話です(昔だったら多分、到着してから電話をかけるという事をしたのだと思う…)。

そういう事を空港でぼんやりと出張の移動日の今日は考えていました。ともあれニューヨークまで無事に到着。その後も順調に進んでようやくしばらく前に無事にロングアイランドの研究室に到着しました。今夜はもう少し雑用をしてもう寝ます。

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