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2015年1月25日 (日)

CERNから帰還

CERNでの出張から帰還しました。ある程度の予測はしていましたが今回の出張はとにかく忙しかった。やはり実験がもうすぐ(と言っても五月頃)に開始されるのでその関係上、どうしてもそれまでにやっておかなければならない作業がたくさん(まだ)あるからです。そういう僕も出張の間に済ませておきたかった事が若干、最後まで残ってしまいました。遠隔で作業するかもしくはポスドクのMさんに支持を出してやってもらうかどちらかになりそうです。

ジュネーブの街にはそれでも二度行ってきました。まあほぼ週末でしたけど(一度目は金曜日の夜、次はその翌週の土曜日の昼間)。そのどちらも基本的には食事に行ってきた様なものですが。それもどちらも日本食。

まずは最初の週末の金曜日にはちょっとアップルストアに用事があったので行ったついでにジュネーブで唯一のラーメン屋さんに行ってきました。僕が五年前に住んでいた頃にはラーメン屋さんなんてなくてラーメンを食べたければ自分でなんとかするかチューリッヒまで行くしかないらしかった(噂で未確認)のですが最近はラーメンがジュネーブで食べられるのですね。なんでも昨年の春だかにできたらしいです。たどり着くまでちょっと時間がかかりましたが程なく到着。見つけてから「ああ、ここか」と納得。よく考えたら駅からずっと歩いた先でした。

メニューは基本的に三種類のみ。その三品あるラーメンの中から店の名前の入った「雪国ラーメン」を注文する事に。

Ramen

まあおいしかったです。ラーメンはオマハでも食べてはいるのですがこの一年半ぐらいは本格的なラーメンはほぼすべて自分で作った物ぐらい。人の作ったラーメンはオマハで唯一ラーメンを食べられる店に二度ぐらい行っていますがあれはまあかろうじてラーメンと呼べるといった程度の物。本格的なラーメンは久しぶりです。強いて言えば少し脂の量が多かった様な気がしました…。柚子を入れてもらったので本来は27フランが30フラン。一杯3000円と考えるとエラく高いラーメンです。日本で食べたら多分、800円から1000円ぐらいかな…。そう考えると三倍近い値段になるのですがニューヨークで食べると2500円ぐらいになるらしいのでまあ妥当と言えば妥当なのかもしれません。でも値段と味を考えるとやはり自分で作るのが一番おいしいな、と思いました。

その次の週の土曜日は同僚の皆さんに「土曜は勘弁してくれ」と頼んで休みを貰いました(実は若干の仕事が実験場であった)。昼前に出かけて目指すはこれまで行ったことのない日本料理店。以前よく行っていた店は閉店してしまったので新天地の開拓です。その名も草庵。調べた限りでは最近はその店がおいしいらしい、との事。昼になってすぐに入ったのでサクッと入る事ができました。最初はテーブルを勧められたのですが(若干)無理を言ってカウンターにして貰いました。

Sauan

ネタも新しく美味しかったです。空いている間はシェフと少し話しをしながら食べたりしてたいへん楽しい一時でした。夜は週の半ば(火曜日とか水曜日)はそれほど混んでいないけど予約を入れておいた方が無難との事でした。一応、予定としては三月のミーティングのある週に来る予定なのでその時は友人をそそのかしてやって来ようか?と考えてはいますがどうなることやら。最悪の場合では一人で行く事になるのかもしれません。

その日はその後、少しダウンタウンを歩いてから駅前のステットラーの店でチョコレートをお土産用に買って帰りました。少し気の張る相手にお土産を買っていこう、と考えて一番確実なのはやはりステットラーのチョコレートだろう、と判断をしたからです。そのうちの一人はちょっと向こうも僕がお土産を買ってきたなどとは想像もしていない様な相手。多分ビックリするだろうな、とは思いますが…。

さて出張の間、最初の週はほぼオフィスで仕事をしていたのですが第二週は毎日、実験場にいました。実験場でたむろするのはコントロール・ルーム。以前はACR、ALICE Control Roomと呼ばれていたのですがこの一年程の間に改装されて今はARC、ALICE Run Controlと呼ばれています(が、皆さん結構まだACRと呼んでいたりもして…)。その時間の半分ぐらいは地下にある検出器の中で作業です。

地下にアクセスするには線量計が必要なので短期用の線量計を借りていました。年に一度、二ヶ月以下ならば健康診断なしで借りる事ができるのですね。この線量計と僕のIDと僕の目の虹彩のデータが同期されていてそのどれもが一致しないとドアが開かない仕組みになっています。僕の場合は線量計を持っていないのでアクセスができない、となるのです。ところが今回は目のデータがおかしかったのか何度やっても僕本人と認証されず結局、その週の月曜日は検出器での作業は不可能でした。しかたがないから翌日の朝一番で線量計を持って目のスキャンをしなおしに行って来ました。五年前に最初に目のスキャンをしてから若干、システムが違う様になったのもありますがおそらく左目がもっと外向きになってきているので両目を同時にスキャンする事ができないのが原因の様です。事情を説明して特別に右目だけの登録にしてもらいました。

それ以降は地下へのアクセスも問題なし。検出器の電磁石のドアが閉められているので検出器の内には特別のアクセスドアを使って入る事になります。検出器の内部はこんな感じ。

Dcal

この入ったすぐにあるごちゃごちゃした物はうちのグループが担当している検出器に新しくインストールされたモジュール。手前に見えているのがポスドクのMさんです。

検出器の電磁石のドアが閉められている時は原理的には最大で六名しか内部にいてはいけないのでアクセスドアのすぐ外で人数を確認する係が一人必要です。僕はこの仕事を何度も今回はしました。内部に何人いるかの確認の為にIDカードを見張り係において行って検出器の内部に一人でいてはいけない、かならずトランシーバーを持っていく様に、見張りは内部の酸素センサーの情報を定期的に確認する事、とまあ色々と細かい制約があります…。まあそうやって見張りをしている間に仕事がある程度できるのでそれほど僕には苦にはなりません(が嫌な人は嫌らしいです)。

一応、検出器のエレクトロニクスがすべて全部大丈夫、という状況のはずなのですが金曜日の夜、さてでは帰ろうか、という時になってから電源がトリップ。単純にはブレーカーが落ちた状態になってしまいました。ところがそれが電源を落としてからしばらくしてからそうなってしまうのでほぼ原因不明の状態…。(僕が休んだ)土曜日に同僚二人が全部検査した所どうやら問題は電源装置にあるのでは?となったので月曜日は電源装置をスペアのものと切り替えて調子が今ひとつ不明の電源は確認してもらう為にエレクトロニクス・プールまで持ち込む事に。

このエレクトロニクス・プールのオフィスで手続きを待っている間に入って来た別のグループが一つ。ふと見ると五年前にCERNに駐留していた頃の元フラットメイトが。実はこのフラットメイト、とんでもなく自分勝手で何でも人のせいにするとんでもない人間。一番会いたくない人の一人です。向こうも僕に気がついた様でしたが話をする様な話題もないのでそのままシカトする事に。しかしまあこのタイミングであれに出会うとは運がいいのか悪いのか…。

実験が再起動するのも近くなってきたので前回来た時に

会えなかった知り合いにあちこちで出会いました。中にはもう五年ぐらい会っていない人もいましたし。数年会っていないとやはりみんな少し変わっています。まあ最後に来たのが二年前の春でCERNに駐留していたのも五年前の話ですから当たり前と言えば当たり前の話ですね。うちのグループのポスドクもそれ以来これで三人目ですし…。変わらないのはボスと僕だけなのではないか?とまで思うぐらいです。

検出器のグループも入れ替わりがあって二年前に最後に来た時はまだ管理者はオークリッジ国立研究所のTさんだったのですがTさんが引退して一年ちょっと前から同じくオークリッジのDさん。ところがこのDさんが秋にオークリッジ国立研究所からスウェーデンのルンド大学に移籍になったので現在、次の管理者を探している所(ちなみに僕はDさんと四年ぶりに今回は再開しました)。

またトリガーシステムのエキスパートだったJさんも来月からCERNフェローになってビーム監視の方に異動するのでグループを去る事になります。Jさんとは名前も近いしやっている事にも共通点が多かったので個人的な付き合いのある信頼できる友人だったので同じグループではなくなる事は少しさびしいのですが本人の将来を考えるとこれが一番なのでしょうね、きっと(CERNは給料もすごいいいですし…)。

さて帰る前日はかなり遅くまでオフィスで仕事をしていました。それまでジュネーブはわりと暖かかったのですが最後になって雪が降りました。

Snow

この雪はそのまま翌朝もまだ降っていてCERNを出た時もこの状態。

Globe

これはCERNを出てすぐ外のトラム(路面電車)の駅で空港方面のトラムを待つ間の写真です。大した積雪ではありませんがまるで金沢の雪の様に湿った歩きにくい雪が積もっていました。

空港は朝七時過ぎについた事もあってまあ空いていました。飛行機も空席が目立っていました。まあ一月の半ばの平日にジュネーブからニューアークっていうのも需要が少ないのかも知れません。スイス・フランも対ユーロの上限を撤廃してスイス・フランも急騰している事もありますし…(噂で聞いた話では今年はヨーロッパは元々雪不足の所にこのスイスショックの影響でスイスのスキー場へのツアーなどのキャンセルが出始めているらしいです…)。このスイス・フランの急騰は出張費が若干膨れ上がることにも当然なりますしバカにはできない事ではあります。

さてよくよく飛行機の時間を調べてみたらオマハに到着するのは午後六時半頃。ジュネーブ時間で午前一時半頃になります。という事は単純に考えて今回は飛行機の中であまり寝ずにそのままオマハに到着してそのまま寝てもまあ大丈夫な計算になります。というわけで今回は飛行機の中では少しうつらうつらとした程度であまり寝ない事にしました。そうすればオマハの家に戻ったらわりとすぐに寝る事ができるであろう、という判断をしたからです。

さてそのニューアークまでに飛行機の中で着陸直前になって手荷物の鞄のポケットからハサミが一つ出てきました。

Scissors

これは実は出張の間、オフィスに置いてあったハサミでそれを借りて宿舎で髭刈りをするのに使っていた物です。月曜日の朝に鞄に入れてオフィスに持っていったのですがそのまま結局鞄から出さずに入れっぱなしになっていたのにニューアークに着陸寸前になって機内に持ち込んだ荷物と共に見つけたのです…。よくジュネーブでセキュリティに引っかからなかったな、とちょっとビックリ。しかしこれを持ってニューアーク空港(というかアメリカの空港)のセキュリティを通過できるとは到底思えません…。なんとかしなければ、としばらく考えて結局、ニューアーク空港で通関する時に荷物を一度回収しなければならないのでその時に預ける荷物に入れる事に決定(最初は飛行機にそのままにしようか、とかニューアーク空港の便所のゴミ箱に捨てる、とかいろいろ考えましたが一番の成功法はおそらく預けてあった荷物に紛れ込ませる事と判断をしました)。やれやれ。

ニューアークではAターミナルだったのでせいぜい一番まともな食事がこれ。

Sandwitch

あのサンドイッチ伯爵の末裔が経営(に参加)しているサンドイッチ屋さんです。まあそれなりにおいしいサンドイッチなのでまあいいかな、と。Cターミナルだともっと色々とあるのですけどね…。

さてオマハには少し早く到着。まだ迎えも来ていませんでしたがオマハは暖かく(五度程度)外で待っても気にならない程度。実はオマハは僕の留守中、ほとんど最高気温が零下何度という厳しい寒さだったのですが僕が帰る直前になってようやく暖かく雪もない状態になっていたのです。留守の間が悪天候でそれを全部逃れた形に成りました。今回はデータ解析グループのJS先生がお迎え。実はJS先生は住んでいるところもそれほど遠くない(徒歩十分ぐらいか?)のですが迎えに来てもらったのは今回が初めてとなりました(大体はボスが多い)。

家に帰ってからは夕食を作ったり荷物を片付けたりとして起きてはいましたが結局、夜九時頃に沈没。翌朝は起きたのが四時前。五時前に起きる普段よりも一時間ぐらい早く起きてしまいました。まあ時差ボケなんてそんな物ですよね…。まだこれでも症状は軽い方なのですが…。それからシャワーを浴びて職場に行く準備をしてガレージへ。ところが車のエンジンがかからない。バッテリーが上がってしまった様でした。しかたがないので近所に住む同僚のBM先生にメールを書き「車が動かないから出勤前に見たら電話してください」とお願いをしてとりあえず職場への足は確保する事に。その日(水曜日)は結局、五時過ぎに友人に乗せてもらって帰宅。それと同時にその友人からバッテリーの充電器を借りて夜の間、バッテリーを充電します。翌朝、車のエンジンは問題なくかかりました。

その後、職場では留守だった間に溜まった仕事をこなして、という事をして忙しく、更にはどうやら少し風邪をひいたらしくあまり体調もよくない。時差ボケも若干残る、であまり調子がよくはありません。それでもまあそういう事を言ってはいられないのでとりあえず週末に休む事にして今に至ります。本当は土曜日の日中にやりたかった事が一つあったのですけどまあ来週末にとりあえず見送りです。早く月曜日にならないかな…。

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