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2015年6月 3日 (水)

英語は論理的なのか?

もうずいぶん昔の話、僕が高校生でアメリカに来た時の話です。ロータリーの交換学生でニューヨーク州の田舎町にいた時の話です(そういえばその話はあまり書いていませんね。今度詳しく書きましょう)。僕が高校生だった頃の話なので三十年近く昔の話になります。ロータリークラブの交換学生だったので一ヶ月一度ぐらいその地区の交換学生を集めて何かをする、という事がありました。その時、たまたま近くにいた日本人の大学生の方もやって来てしばらく話をした事があります。

その時、話をしていてその大学生の方にビックリするような事を言われました。その方は英語を「論理的に考えられる様になるために勉強しているんだ」と僕に言いました。何でも「英語って物を言うのに論理的に考えないと話せない言語で日本語にはそれがないから」との事。その時、僕はおもしろい考え方だな、とは思ったものの特にその考え方に共感はできませんでした。英語がそれほど論理的には僕には思えなかったからです。と、いうか「論理的な言語って何?」と思えてならなかったのです。

英語は論理的な言語。三十年近くたっても今でも時々その事を考えるのでかなり心の中に残った事であった事は確実です。特に最近、ふと思い出して考えてみる機会がありました。実の所、こうしてアメリカに長く暮らして毎日英語を話していて特に英語が論理的な言語だと思った事はありません。正直、僕は三十年前、高校生の時にもそう思っていましたし今でもそうです。特に五年程前にフランス語を学んだ時に本当にそう思いました。少なくとも綴りと発音に関しては英語って本当に一貫性がなくてそうかんがえると英語が特に論理的とは思えません。

英語の綴りと発音がどのぐらいひどいのか、という事はかなり昔から英語を母国語とする人たちからも指摘されている事です。ちょっと有名な所では例えばこういう単語はどう発音するかおわかりでしょうか?

ghoti

普通に読めば「ゴティ」なのですがこれは可能性としては「フィッシュ」すなわちfishになるのです。日本語版Wikipediaにはこの様に説明されています。

ghoti (フィッシュ)は、英語の綴りの不規則性を示すために作り出された語。英単語 fish の音を異なる綴りで表したもので、当然ながら fish と同じく [ˈfɪʃ] と発音する。

もちろん、この「フィッシュ」という発音はむしろ例外的な綴りを組み合わせてそう発音する様になっているのですがそのぐらい英語の綴りと発音は例外だらけであるという事になります。こうして例外だらけな言語の英語のどこが論理的なのか?となります。

興味があったので少し調べてみたところやはりあちこちで同じような「英語は論理的である」というあまり根拠のない意見があちこちに散見できます。例えばこういう主張。ここには英語を学習するにおいて論理的に考えられる方が上達が早くてそれがどういう理由であるのか、という事を書いているのですが…論法がけっこう穴だらけです、残念な事に。論理的な思考とはどういう事であるか、ということから始まっていますが「論理的」というのは必ずしも「頭がいい」すなわち「勉強ができる」事ではなく「頭があまり良くないが、論理的な人」が英語を早く使いこなせる人、としています。そこまではまあ特に大きな問題はないのですがその後で「論理的思考」を「物事をわかりやく考える考え方」と定義しています。しかし本来、「物事をわかりやく考える考え方」が簡単にできる人というのは頭がいい人と世間では言うのではないでしょうか?そう考えると「頭があまり良くないが、論理的な人」とは一体、どういう事なの?となってしまいます。

更に実例として英語には日本語にはない様な「冠詞」や「単数/複数」の区別がある、としています。まあそれは間違ってはいないのですが実際の所は単数、複数に関しては別に日本語にたまたまその概念がないだけで特別なことではありません。この事についてはずいぶん前にも一度書いていますが二つ以上ある事は実はほとんど重要な事ではなく、数が必要な時は英語でもそれをはっきりと明言します。具体的にはこうなります。例えばこういう二つの文章があります。

There is a chair in the room.
There are chairs in the room.

日本語にしてしまうとどちらも「部屋に椅子があります」ですが別に二つ目の文章は椅子が部屋にいくつあるか?という事は重要ではなくただ単に言語がそうなっているからchairsになってそれに伴って動詞がareになるのです。具体的に部屋に三つ椅子があった、という事を表現するときはこうなります。

There are three chairs in the room.

でもこれは日本語でも同じですよね。部屋の中に椅子がある、というのは椅子があるという情報を伝える意味がありますがそれだけ。でも三つ椅子がある、となると三つという情報も重要になるわけです。

冠詞についても同じで不定冠詞は単数のものには必ずある物。でも不定冠詞は複数形になるとなくなります。その一報で定冠詞、theは特にその問題としている物を強調したい時に使います。したがってa chairとthe chairでは単なる椅子なのかある特定の椅子なのか、という違いになります。でもそれって本当にその情報が必要な時は日本語でも「その椅子」となってちゃんと表現されます。したがってこの記事に書かれているような事はあまり正しくはありません。

ではもう一つの論点である「100%言いたいことを伝えたい」という事はどうでしょうか?この記事その物にも書かれていますが日本人はあまりはっきりと直に表現する事を嫌います。でもそれって英語、日本語のレベルの話ではなくて文化的な違いなのではないでしょうか?更にアメリカの契約書が分厚い、という事が書かれていますがそれは単に現代アメリカが訴訟の多い国なのでありとあらゆる場合を想定して契約書が書かれているからであってアメリカ人もできればそういう事は避けられるならば避けたいと思っています。

また実際にアメリカ人が本当に100%言いたいことを伝えたいのでしょうか?実はアメリカで暮らしていてアメリカ人が話をしているのを聞いていると見事なまでに話が食い違っていながらも会話をしている光景を見かける事があります。100%言いたいことを言ってはいますが明らかに必ずしも伝わっていません。よくあるのが「それどういう意味?」とか「これじゃわからないかな?」と言いながらも物を言う事。同じ事を何度か違う言い回しで言い直す、という事はよくある話です。そう考えると「100%言いたいことを伝えたい」という図式もかなり危うい物になってしまいます。

また僕と同じ様に英語は論理的かどうか?という疑問にこういう事を書かれている方もいます。ここでは「それは単に『論理的に書かれた英文だけ』を読んでいるため」ではないか?としています。他にもこちらにも別の視点からこう書かれています「何をもって『論理的ではない』かをしっかり定義づけしていないことがほとんどだからだ」更には本音と建前という考えが日本にはあるから論理的ではない、という議論がよく出てくる、という趣旨の事が書かれています。その上で「欧米人がいつも本音で語っているかと言えば、それ自体が建前になる。そして欧米人がすべて論理的かと言えば、これも建前」と書かれています。これは実際その通りです。建前や本音という概念は日本よりは希薄ではあっても存在しないわけではありません。そもそもアメリカ人の多くは論理的に物を考える事ができない人がほとんど。だからこそアメリカ人の四割以上が未だに創造論を信じて疑っていないわけです。でも落ち着いて論理的に考えて様々な証拠を検証していくと進化論が間違っているとは到底思えない、という結論に達するはずです。それができない人が四割以上いるという事は少なくとも四割の人たちが論理的に自分で考えていない、という事になります。

日本語が非論理的な言語である、という主張に僕は全く同意できませんがそれ以上に英語が論理的な言語であるとは僕には全く思えません。そもそも「言語が論理的である」とはどういう意味なのか?という定義すらが曖昧。その定義をしない限りは何が論理的で何が非論理的なのかの判断ができるわけがありません…。そういう主張をしている人の多くは日本語廃止論者、もしくは英語崇拝者、あるいは少し話をかじっただけでそれに賛成する様な特に自分の意見を持っていない人たちなのではないかな?という気がしてなりません。

日本語の曖昧さもこれはこれでいい事です。日本人特有のはっきりと物を言わない奥ゆかしさや表現のしかたなどは世界に誇れる事なのではないかな?と僕には思えてなりません。僕は日本人でもかなりはっきりとズケズケと言う方ですがそれでもアメリカ人と比べると明らかに奥ゆかしいらしくそのせいで「表現が繊細」と言われる事が時々あります。特に女性にそう言われる事が多いです。英語が論理的で日本語が非論理的だという考えをする人は一度、日本語の素晴らしさを見つめなおしてみてはどうだろうかな、とつくづく思います。

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