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2015年10月

2015年10月16日 (金)

メルボルンへの道

今日、十月十五日から十日程、オーストラリアのメルボルンまで学会に出席するために出張です。この学会、二年ちょっと前にオックスフォードであった学会に行った時に話は聞いて知っていたのですが日程が合わなくて行けないだろう、と思っていました。ところが一年程前に日程がたまたまうちの大学の秋休みと重なる日程である事が判明してから何とかして行こう、と思って頑張った結果、行く事になりました。

まあ厳密には自費で行く分には仕事の都合さえ何とかすれば何とでもなるのですができればそれは最小限に抑えたい。発表ができる内容があれば公費が出るので、となります。そこでまずは何が可能なのか?という事からになります。いくつか案を考えてそのうちに一つは何とかなりそうな物を選んで学生を数名程集めて何とかしたのがちょうど一年程前の話。ところがこの学生たち、一人以外はほぼ何もしません。その一人もしばらく実験を繰り返してから「無理」と投げ出す始末。それでも学会のアブストラクトを提出しなければならないのである程度の見切り発車でアブストラクトは提出する事に。それが二月末の話。三月になってアブストラクトの締め切りが過ぎてからもっといいプロジェクトが出てきたのですが締め切り後だったので泣く泣く諦める事に。

その後、六月の頭だかにアブストラクトが承認されたとのメールが届いてから急いで自分一人で何とかする事に。一月ぐらいプログラムを書くのに時間がいるのだろうナ、と思っていたのですが幸い、予想以上に簡単に事は運んで一日半程でプロトタイプのアプリが書けて「最大の難関」と思われていた部分は簡単に終了。その後、実際にロングアイランドの研究所で試験を一度して出張資金を何とかかき集めて九月に入ってから論文を書いてポスターを制作してボスに見せて修正をしてようやく出発となりました。

驚いたのはオマハからメルボルンまで行くには日付の上では二日かかるという事。従って、木曜日の午後に出発しても到着するのは土曜日の朝になるのです。実はアメリカからオーストラリアに行く飛行機って西海岸を夜になってから出るので到着するのは二日後になる、という計算です。日本に行く時は翌日の夕方に到着する事を考えるとちょっと不思議な話です。

実は木曜日に出発するのもそれに関係していて木曜日に出発して到着が土曜日の朝。金曜日に出発すると日曜日の朝になりそのまま学会に行く気に到底なれないからです(日曜日に既に学会があるのです)。さて木曜日に出発でも西海岸を夜に出るという事はオマハは昼過ぎまで出ない事になります。従って出発の日は午前中は職場で仕事。車は邪魔になるので朝は人に迎えに来て貰って午前中は仕事。水曜日のうちにできる事はすべて順序良く済ませていたので木曜日は朝七時のミーティング以外は少し雑用があったぐらいでほぼ暇。本来ならこの時間に彼女のオフィスに行ってちょっと話をして、という事を元々は考えていたのですがまあこういう事になってしまったのでそれもちょっと無理。実は彼女は研究で二度、数ヶ月ほどオーストラリアに行っていたのでオーストラリアの話をする相手としては最高だったはずなのですが…。そういういきさつもあって実は何だか少し暇な午前中でした…。それでも気がつけば昼前。同僚に空港まで送って貰ってちょっと早い秋休みの始まりです。

メルボルンまでオマハからはまずデンバーまで。そこからロス・アンジェルスまで行き、それからようやくメルボルンです。今回は旅費を浮かせる為に三月にCERNに行った時にオーバーブッキングになって翌日に出発する事に変更した時に貰った1000ドル分の旅行費を使っています。オマハの空港でぼんやりと飛行機の搭乗時間を待っていたら「デンバー行きの飛行機はオーバーブッキングの為に二人程、後の便で行ける方を探しています」との事。実はこの便で無くても間に合うのですが提示額がたったの300ドルだったので今回は見送る事に。600ドル以上ぐらいだったら考えたかもしれませんが…。

デンバーまでの飛行機はオーバーブッキングされていたぐらいだから当然の様に満席。あんまり大きな飛行機ではないな、とは思っていましたが実際に乗って見て外を見てちょっとビックリ。すぐそこにエンジンと後輪がありました。何だか乗っていても若干の威圧感があるなあ、と思うぐらいでした。翼が機体の上にあるので下を見る分には問題はありませんでしたけど…。

Omaflight1
Omaflight2

先週はかなりよく寝た(いつまでも起きているのが辛かったので遅い日でも九時には就寝していたのです)ので飛行機の中ではあまり眠くなくちょっと暇。デンバーまでの飛行機は狭くてうるさくてかないませんでしたが幸いに飛行時間は短くまだなんとかなりました。デンバーからLAまでの飛行機はアメリカの国内線では標準的なボーイング737だったのでまあそれなりの広さ。

Denflight

驚いた事にエコノミーでも各座席に電源が用意されていたので飛行中にスマホとパソコンの充電をしておきました。長旅でも何とかなる程度のバッテリーは携行しているのですがあくまでも命綱なのでできる限りは空港や飛行機の中などで充電をしたいのが本音です。

LAまでの飛行機の中からはロッキー山脈の上空を通過。眼下に紅葉しはじめた木が見え、更には一部では冠雪すら見られました。

Mountains1
Mountains2

もう一月もしたらこの辺りは雪で完全に覆われているのだろうなあ、と思いながら眺めていました。機体はそのまま更に飛んでしばらくしてから今度はグランドキャニオンの上空を通過。

Grand_canyon
グランドキャニオンに行ったのも随分と昔の話。まだ働いていない頃の話、従弟が卒業旅行で来た時の話です。他にもつい最近グラントキャニオンについて話があった事も思い出したりもしましたし…。ちょっと心が痛いなあ…。

LAまでの飛行機の隣の席の方はずっとどこかの旅行ガイドの本を読んでいてどこの本を読んでいるのかな?と思ったらなんとオーストラリアのガイド本。話をしてみたら二週間程先に旅行で二週間程行くそうです。僕がちょうどメルボルンに行く途中だ、と言ったらビックリしていました。その方は二週間旅行に行くのでシドニーからオーストラリアの東海岸をずっとまわってメルボルンまで行く、と言っていました。それだけの時間も金もない僕にはちょっとうらやましい話でもあります…。

LAに到着してからまずは食事、のつもりだったのですがしかしLAの空港って来たことは何度かあっても最後に来たのが多分、2001年の話…。全然、覚えがありません。そもそも僕は元々あんまりLAという街に興味がない、というかあまり好きではないので(それも特に理由も無く)極力避けようとしていた所。でもメルボルンに行くには絶対に通過しなければならない所なのでこればかりはどうしようもありません。それでもようやく国際線のターミナル8まで到着した頃には「ああ、見覚えがあるか」という感じ。結局、それからターミナル内のレストランに入って無事に夕食にありつく事に。時間としては六時前なのですがでもそれってよくよく考えるとオマハ時間で八時前。時差って考え物だなあ、と思いながら食事を取りました。

その後、今はメルボルン行きの飛行機をひたすら待つだけです。メルボルン行きは若干空いていたらいいなあ、と思うのですがきっとそううまくはいかないのだろうなあ。ともあれちょっと行ってきます

2015年10月15日 (木)

重大発表

今回は重大発表です。ふられました。最近、ずっとお互いに忙しくてあまり会えていなかったのですが連絡は頻繁に取っていたのですが先日、彼女と話をしていて突然、彼女に別れよう、と言われてしまいました。

実はその時はショックで気が動転していて素直に従う事にしたのですがしばらく考えてどうも納得がいかない…。その為、数名の友人たちに話をしました。僕の方で納得ができなかったのもさながら、彼女の方の心配もしてしまいました。僕が初カレだったので当然の様に彼女はふられた事もふった事もないわけです。だから彼女が大丈夫なのか?という心配もしてしまいました。それで彼女の学部の事務の方が僕たち二人の共通の友人なので話をしてもらう事にしました。

正直、心の中では彼女の気が変わらないかな、と思っていたのですがそううまくも行きません。彼女が言うにはこのまま付き合っても将来がない(結婚する事にはならない)のでこのままズルズルと行くよりもきっぱりと別れよう、との事。しばらく前から考えていたらしいですがやはり簡単には納得できない話です…。彼女曰く、僕は何も悪い事をしていない、との事。納得が行かない話です。更にはこのまま(しばらく時間を置いて)友人でいたい。一緒に映画に行ったり話をしたりするのはいい、との事…。それってどういう事?と更に納得が行きません。

もしかしたら倦怠期、それも初めての倦怠期でどうしたらいいのかわからないのか?と思っていたのですがどうもそうではない様です。僕がようやく落ち着いてきたのが一週間後。その夜に彼女にメッセージを送ってみました。でも彼女の方でその可能性がない、とはっきりと言ってきたので僕もすっぱりと諦める事にしました。嘘でもいいからちゃんと納得ができる理由(例えば年齢差がありすぎるから、とか)が欲しい、としばらくは思いましたがまあどうしようもない事です。

実は前々からもし僕が彼女の重荷になったり僕が彼女に取ってよくない存在だったらいつでも身を引くつもりではいました。だから僕の方でもそういう状況になったのだ、と思って身を引く事にしました。それでもこの九ヶ月の間、僕は幸せでした。毎日がキラキラと輝いていたとはその時は思いませんでしたが今から思い起こしてみると輝いていたんだなあ、と今さら実感してきました。こうやって楽しい思い出にして覚えていればいいのではないかなあ、と思っています。

明日からは十日程、オーストラリアへ学会に行くので出張です。まあほぼ立ち直りましたが傷心旅行のつもりでしばらくでかけて来ます。

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