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2017年11月

2017年11月24日 (金)

感謝祭(2017年)

今日は感謝祭。当然の様にスイスで働いているので今日も普通に仕事。もっとも実際の所は仕事とは言っても自主性の高い仕事だしタイムカードもタイムシートもないのでかなり自由度があります。だから今日は早く帰る事に。

しかしだからと言って仕事がないわけではありません。だから今日はいつもより早い時間にオフィスに行く事にして昨夜は就寝。朝になって起きたらまあまだ早い時間には間に合うが少し遅めの時間。まずは昨夜仕込んでおいた七面鳥をひっくり返しておく事から。それによって昨夜のうちに染み込ませてあったブライン(塩水ですね)を反対側にも染み込ませるようにします。

それが終わってから今朝はコーヒーを自宅で飲まずにシャワーを浴びて出かける準備をして始発のバス(と言ってもいつもより30分早いだけ)に乗って通勤。実は時々、早く起きているとこの時間のバスに乗る事もあるのでそうそうビックリするほど早くはないです。

LHCの実験も今年はもうほぼ終了なので今さら別に何かあるわけでもなくしかももうすぐ南仏の研究所に引っ越すので今となってはそれほど仕事も舞い込んで来ません。それでもまあする事はあるししたい事もあるので普通に職場に向かいます。寝ている間に解析のデータが終了したのは自動メールで届いて知っていたので次のデータセットをオフィスに来てすぐにまた解析させ始めます。

先程も書いた様に今日は感謝祭なので七面鳥を買ってあります。スイス、フランスあたりの七面鳥はアメリカにあるのほど大きくはないので取り扱いも少し楽です。大きさとしては以前、対処した事のあるアヒル程度の大きさ。昨年焼いてみたガチョウよりも小さいから不可能ではないはず。

実はこの七面鳥を焼くというのは一つはルームメイトがアメリカ人だからです。このルームメイト、うちのグループのポスドクでここに来てまあ三年ぐらいなのですが…実は僕が七面鳥を焼こう、と言い出すまで七面鳥をフランス語でdindeと言う事を知らなかったらしいです…。だから「七面鳥を買う」と言ったら「え?でも売ってないんじゃない?」と言い出す始末…。いやいやいや、隣のスーパーでは一羽丸々では売ってないけど七面鳥の肉は売ってるよ?と教えたらそれまで七面鳥がdindeとは知らなかったらしいです…。まあ以前からぼーっとしてる所があるなあ、と思ったしフランス語もなんかわかってないなあ、と思ったら何と、そういう事だったらしいです…。

さて当日は二時過ぎに帰宅。帰ってみたら「世間的にはダメ人間」なルームメイトは起きていてどうやら昼食を食べ終わって片付けをしてる所。ぼやぼやしていてもどうにもならないのでまず冷蔵庫から七面鳥を取り出すます。案の定、冷蔵庫の奥の方にあった部分は一部凍っていました。冷蔵庫内でそれなりに温度差があるのですね。とりあえず七面鳥を取り出して水気を切りつつ、凍ってしまった部分を解凍したいのですが、なにやら手際が悪くなかなかシンクが空きません…。しかも話をしてる間は手を止める始末。痺れを切らして「手を止めないで」と言う事にしてようやくなんとかします。どうして先まで考えてくれないのだろう、まったく。

僕は鶏、アヒル、ウズラ昨年の今頃には更にはガチョウといろんな鳥を丸焼きした事がありますが七面鳥は初めて。どうしてか?だってアメリカの七面鳥って一番小さいのでも5キロ近くあるので一人では食べきれないからです。実はそういう大きな七面鳥は焼くのも少しむずかしいのです。なぜか?胸肉にはあまり油がなく乾燥してパサパサになりやすい。でもちゃんと焼かないと足の方がダメ。若干小さい方が焼きやすいというのも知っていました。

とりあえず凍った部分が解凍するのを待ちながらその間にスーパーへちょっと買物へ。そこで温度計やアルミのトレーなどを買ってからオーブンを予熱して焼き始めます。この大きさなら220℃ぐらいで三時間程度だなあ、とか思いつつ予熱の終わったオーブンへ。

Turkey1
待つこと二時間程度。状態を一度確認。まだ太ももの温度がちょっと低いのでもう少しオーブンで調理。この手のオーブン調理物って実は下処理をちゃんとしておけばあとは温度管理だけなので実はそれほど難しくはないです。特にこの七面鳥の場合はあの料理が上手くないアメリカ人がなんとかこなせるのでそれほど難しいわけがないのですよね。

さて待っている間にジャガイモの皮を剥き、茹でてからバターや塩、牛乳などを加えてマッシュポテトを作ります。マッシュポテトのマッシャーがないのであまり出来はよくないですがまあしかたがないです、そればかりは。ある道具でなんとかしなければなりませんから。ルームメイトもようやくその段階で重い腰を上げてサツマイモを作り始めるのですが、何と、電子レンジという暴挙に出てきて…。何やら電子レンジで20分ぐらい加熱してました…。それでもまだサツマイモが柔らかくならず、最終的に中に一緒に入れてあった水を除いて加熱するように言ったらようやくなんとかなったみたいでした…。しかしこのサツマイモを炊いたものが美味しくなかったのは言うまでもないです…。ルームメイトがスタッフィングが嫌いというのでスタッフィングも作りませんでしたしね…一人分で作るのも面倒くさいしなあ。しかもアメリカと違ってスタッフィングの元が売っているわけではないから全部手作りだと。

そうこうするうちに七面鳥が焼きあがりました。

Turkey2
少し焼きすぎかなあ?と心配しましたが問題なく美味しく出来上がってました!胸肉も乾燥していなくてちゃんと味もついていて!二人で3キロの七面鳥はやはりちょっと大きすぎて結局、半分ぐらいは残ってしまいました。残ったのは食べられる所を剥がしてタッパに入れて冷蔵庫に保存。週末いっぱいまでは七面鳥だらけになりそうです。笑。

来年は南仏で一人だから感謝祭の当日に七面鳥を調理する事もないだろうなあ、と思います。でも来年はちゃんとした調理道具もあるからなあ(今の所はいろんな意味で仮住まいなのでちゃんとした調理道具がないのです)。でもそういうのと関係無しに七面鳥を焼くというのもありなのかな?このぐらいの大きさの七面鳥だともう一人、二人いたらなんとかなるなあ、とそう思う2017年の感謝祭でした。

2017年11月23日 (木)

各国(なのか?)の面接の違い

この前の記事で書いた様に転職をする事になりました。最終的に僕は三つの求人に応募する事になってそのうちの二つ目の所に採用される事になりました。そこでいくつか面白い事に気がつきました。今回はそのお話。

アメリカで求人をする時に面接をする側としてはいくつかのルールがあります。まずこちらからは結婚してるか、独身か、子供がいるか、とかそういう家族構成に関してはまったく聞いてはいけません。向こうから勝手に情報を提供してくれるのは構いませんがこちらから聞く事はできません。他にも宗教は何であるとかもダメ。候補者の性的指向(ノーマルなのかゲイなのかはたまたバイセクシュアルなのかとか)を聞くのはもってのほか。それらは個人情報になるし仕事に関係がないであろう事であるだろうしまたその情報を元に差別が生まれる可能性があるから絶対に聞いてはならない事です。もちろん、面接される側が教えてくれるのは大丈夫ですが面接する方が聞いてはならない事です。

アメリカはそういうあたりが良くも悪くも徹底してるので面接をする事になったら必ずそういう事を守って面接をして、と誰かに言われる事になります。

僕がちゃんとした面接を受けた所は三つ。非公式に求人が近々あるかもしれない、という所とあと三つぐらい十月の学会中にしています。その非公式に求人があるから、とお話をしたヨーロッパのある研究所の方には家族構成を聞かれました。まあそうそう秘密でも何でもないので独身だ、とは教えましたがこれもおそらくアメリカではアウト。

実際に面接に言ったオックスフォードのある施設では性的指向、宗教、家族構成などを求人の応募フォームに記入する様になってました。これはアメリカでは完全にアウト。口頭で聞くのがアウトなのに文書として残すのはもう問題外のレベル。しかしイギリスでは認められているみたいです。

また実際に面接をした三つの所のうちこのイギリスの施設からはまったく人事部の人が関与していませんでした。単純に候補者の能力だけで判断していたみたいです。他の二つの所では人事部の人にも色々と聞かれました。PSIに至っては一時間ほど、人事の人と面談まであって色々と聞かれました。

それを言えば更にはPSIとイギリスの施設は実際に面接に呼ばれましたが実際に採用された南仏の研究所では遠隔面接のみ。それもたったの45分程度。それも拍子抜けですよね。たったそれだけの時間で判断するのか?って!他の二ヶ所は現地に行って少なくとも一時間以上は色々と聞かれて、だったのに!実はその関係上、その南仏の実際に採用された所は未だに行っていません。一月末に赴任する時に初めて行く事になりそうです。それも変といえば変な話ですよね。

イギリスの研究所ではかなり難しい質問をされました。ここは明らかに実力者を探しているのだな、と思いました。他の所では僕の経歴を履歴書で読んで僕に具体的にどういう事をしたかを聞いて、だったのですけどね。

イギリスの研究所は人事の関与がなかった為なのかとうとう最後まで福利厚生の話は出ませんでした。一応、電話での一次面接の時に尋ねてみたら事務の人に聞いてくれ、と言われました。そういう事はどうでもいいと思っているのかどうなのか?ちょっと不思議でした。だって給料や仕事内容以外でも福利厚生は採用されて受けるかどうかを左右する事の一つになりますからね…。それどころかアメリカでは面接の時に必ず聞いた方がいい、と言われる事の一つなのですけど…(福利厚生を知りたいという人は採用されたら来る可能性が高いと思われるらしいです)。特にそこの場合はまったく福利厚生の情報がどこにも無くてこれは聞いた方がいいなあ、と思ったらその対応でしたからね…。

他にも給料がいくらぐらい欲しいかの希望を聞かれました。聞かれなかったのは南仏だけ。イギリスは求人案内にどのぐらいの給料が出るのか書いてあったにもかかわらず、どのぐらい欲しいかを聞かれました。PSIに至っては給料がどのぐらいかすらも書かれていませんでした。イギリスの方はしかしそもそもポンドの実際の価値もオックスフォードで生活費がどのぐらいかかるのかすらわからないので提示されていた給料が高いのか低いのかすらわからない状態でした。イギリス人の友人に聞いてみたら「まあ妥当」なレベルだったらしいです。まあもっとも、アメリカの中西部のカトリック系の私立大学の職員からするとだいたいどこに行っても給料が上がるだろう、とほぼ考えていいですからね…。そう思うとある意味、どうでもいい事ではありました。それなりの給料でさえあれば何でもいいのですから単純なものです。

結果が出るまでも面白いな、と思いました。PSIは結果が出るまで何と二ヶ月かかりました。まあ先に結果が出るまで時間がしばらくかかるよ、とは言われていたのでそれほど気にしませんでしたしそもそも小手調べ程度に最初は思っていたのですがまさか二ヶ月かかるとは!でした。その不採用のメールを何度か読み返して思ったのはもしかしたら二番手で僅差で不採用だったのでは?という事でした。後に十月にバルセロナであった学会の時にPSIの人たち聞いたのですがどうやら実際にそうだったらしく、最後の最後までみんなで色々と議論して内部の候補者に流れたそうです。まああと一歩で足りなかったという事ですね。

もう一つのオックスフォードの研究所の方はそのバルセロナの学会中に向こうから何かを言ってくるか?と思ったら何にもなし。だから書類で落とされたか?と思っていましたがジュネーブに帰ってきてから程なく、翌週に電話面接をしたいとの事。電話面接で想像外の難しい質問をされてこれはダメだったなあ、と思ったら翌日、二次面接に来てくれ、との事。それからイギリスに行く準備をしてはるばる行く事に。

まあその二次面接の二日前に南仏からの採用通知が出ていたのでもしもの為の確認に行っただけで最初から受ける気はさらさらなかったのですけどね。現地でもやはり難しい質問をされて若干、しどろもどろ。でももう大本命の南仏のオファーがあったのでそれなりの出来でいいや、と思っていましたからなんとか終了。どのぐらいで結果が出るか?と聞いたら一週間ぐらいかかるだろう、との話。もちろん、それまでに南仏のオファーに返事をしなければならないのでこれまたどうでもいい話だなあ、と思いつつジュネーブに翌日の午後に帰還。

所がそれから結局、三週間近くしてから不採用通知が来ました。おそらくまずオファーが誰かに行ってその人が二週間ぐらい考えたからではないかなあ?と思われます。つまりここも二番手だったのではないかな?と。問題外の候補者だったらきっと早々に不採用通知が届いていたのではないかな?と思います。まあ実際にどうだったのかわかりませんけどね。

2017年11月22日 (水)

近況(2017年11月)

すっかり放置状態になっているこのブログ。実はしばらく前から何度かアップデートしようか、とは思いながら諸般の事情で延ばし延ばしになっていました。実はこれにはれっきとした理由があります。何かって?実は来年の一月末で大学を辞めて南フランスの研究所で勤め始める事が決まったからです。というかもっと具体的には転職先をずっと探していてその間は書きたくても秘密漏洩を恐れてあえて書かなかったのです。

その前に少しだけこの一年ほどの状況を説明しておきますね。実は諸般の事情で今年(2017年)の二月からずっとCERNに来ています。五月には日本で学会があったのでそちらにも参加。そのあたりにふとある日、メールリスト経由で見たのがスイスのPSI、パウル・シェラー研究所の制御グループの求人。もともと、近年になってから大学の方針や学部内の協調性のなさや僕に対する理解度の不足などから不満をかなり抱えていたので転職してもいいかもしれないか?と思いはじめていたのです。

更にはそれほど優秀とはどう考えても思えなかった元ポスドクが現在、BNLのNSLS-IIの制御グループで働いているという事実もあり、「あいつにできて自分にできないわけがない」と思っていたのもあります。他にもアメリカが国として変な方向に進みつつある事実などもあり、それならいっその事アメリカ以外で仕事を探してみるのも悪くはないなあ、と思うようになったのです。

性格が性格なので善は急げで大阪にいる間に手元にあった履歴書の手直しをして適当にカバーレターを作成して送っておきました。たまたまその求人の責任者が面識のある方だったし更にPSIに数名の知り合いもいるしまたPSIで開発されたツールをけっこう多く使っていたのもあります。

その時は「まあとりあえず出してみて小手試しだなあ」ぐらいにしか考えていませんでしたがそれからCERNに戻ってひと月ほどしたある日、メールで「面接に来てくれ」といきなり言われたのでPSIのあるフィリゲンという村まで行って来ました。

結果的に面接その物はすごくいい感じでしたが採用まではいたらず、でした。結果が出るのを待つ間に「アメリカに戻らない」という決意を固めたのです。だから不採用通知が届いてからふと見かけたのがこの南仏の仕事。実はその数週間前にやはり同じメールリストで届いていたメールなのですがすっかり忘れていたメールです。ここでは可能性が低いだろうけどなあ、と思いつつ、PSIに提出したのをまた手直しして送る事に。

さてどうなるかな、と思っていたらなんと翌週ぐらいに日本の事務局の方から連絡が来てスカイプ経由で話をする事に。どうやら日本も参加している国際研究所なので各国の事務局からノミネートされないといけないかららしいです。そういうシステムになっている事を知らなかったからビックリ仰天しました。日本の事務局の方の指示に従って履歴書などを多少手直しして締切に間に合う様に提出。

それから三週間ぐらいしてから遠隔面接をしたい、との連絡が届き、面接を受ける事に。しかしそれが何とバルセロナでの学会の最終日の朝。まあ遠隔面接なので行かなくてもいいからホテルから面接をする事に。最悪、電話で音声は、との事で電話番号も教えてくれと言われたのでバルセロナに入ってすぐにスペインのプリペイドSIMも購入。最悪、スペインの番号にかけてもらう事にしました。

面接はなかなか難しくそれなりに緊張しましたがなんとか無事終了。それから三週間ほどしてからメールが届き、何と、僕が応募した仕事には不採用だけどこっちなら採用するよ、という内容での不採用通知と採用通知が一緒になった何やらちょっと不思議なメールでした。たまたまその週には別の所に面接に行く予定が入っていたのでその別の所に面接に行ってとりあえず見てきてからやっぱり南仏の研究所に行く事に決定。その旨のメールを送信。少々、メールをやり取りして二月からそちらに行く予定で話がまとまりました。

それから一週間ほどしてからアメリカの大学の方にも一月末で辞めるから、とメールで教えました。この数年、まったく大学、それも化学のボスから冷遇されているなあ、と思っていましたが後で元同僚のM先生から聞いた話ですが何と、この秋学期になって僕が実験室の分析計を調整していないからボスもその作業に追われてすごく忙しいらしく、今頃になってようやくどれだけ僕が忙しく、沢山仕事をしていたか、がわかってきたらしいです。実はそうなるだろうなあ、とは思っていましたししてやったりとも思いました。引き止められるかな?何を言われるかな?とちょっと心配でしたが結局、問題がなく何にも言われませんでした。また辞めると言った段階で給料も切られるかな?とも思いましたが一月分もちゃんと出るみたいです。まあ今さら何を言われてもどうにもならない状態になってから教えましたからね〜。

ともあれ、こうして無事に南仏に転職が決まりました。十二月の半ばからはひと月ぐらいは日本です。その間にフランスのビザの取得です。それから一月にはアメリカに荷物の整理をしに一週間程度。それからジュネーブに戻って数日して今度は南仏に行くといろいろとしばらくはバタバタする事になりそうです…。

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